3−13 約束の時間

「ジェニーはどんな本を探しているの?」


2人で本棚を見つめていると、ニコラスが尋ねてきた。


「そうねぇ、どんな本がいいかしら……」


(ジェニーが持っているのと同じ本を買ってしまったら駄目よね)


ジェニファーはジェニーがどの様な本を所有しているか全く分からなかった。


「ねぇ、それじゃこれなんかどう?」


ニコラスが本棚から一冊取り出すとページを開いた。そこには文字がびっしり書かれており、ジェニファーにはところどころしか読むことが出来なかった。


「これ、ファンタジー小説だよ。僕も好きなシリーズなんだ」


「そ、そうなのね……。でも小説もいいけど、素敵な絵がある本もいいわ」


自分は今、ジェニーとしてニコラスに接している。本を読めないことを知られるわけにはいかなかった。


「そうだよね。ジェニーは女の子だから、挿絵がある本のほうが良いかもね。ならどれがいいかな〜」


「それなら、画集はどうかな?」


突然背後で声が聞こえ、驚いた二人は振り向いた。するといつのまにか笑顔の店主が近くに来ていたのだ。


「画集ですか?」


ジェニファーが尋ねると、店主は頷く。


「そうだよ、これなんかお勧めだと思うけどね」


店主は棚から一冊抜き取ると、ジェニファーに差し出した。

ジェニファーは早速ページをめくるってみると、まるで写真のように美しい絵画が目に飛び込んできた。


青い空に緑の草原、美しい湖畔……。

絵に詳しくないジェニファーでも、この画集の素晴らしさが分かった。


(これなら、身体が弱くて外に出られないジェニーも喜んでくれるかも……)


「素敵な画集だね」


一緒に見ていたニコラスが声をかけてきた。


「うん、本当に素敵……。私、これを買うことにするわ」


ジェニファーは笑顔で画集を抱えた――




****


「ありがとうございました」


店主の声に見送られ、2人は外に出た。ジェニファーは小脇に画集を抱えている。


「何だかとても嬉しそうだね?」


ニコラスの言葉にジェニファーは頷く。


「それは嬉しいわよ。だって、こんなに素敵な画集を買えたんだもの」


「ねぇ、ジェニー。それじゃ次は何処へ行く?」


「次は……? ちょっと待ってくれる?」


そこでジェニファーは懐中時計を取り出して時間を確認した。

すると時刻は既に15時45分になっていた。


(大変! もうこんな時間だわ!)


「どうしたの? ジェニー?」


「ごめんなさい、ニコラス。私、もう帰らないと!」


「え? もう?」


ニコラスの顔が曇る。


「そうなの。時間を過ぎたらもう会えないかもしれないわ」


ジェニーにお願いしてニコラスと会える許可を貰っている以上、約束を破るわけにはいかなかった。


「そう……残念だけど、仕方ないよね。それじゃまた明日、会えるよね?」


「ええ、会えるわ」


どうしても今すぐ帰らなければならないジェニファーは大きく頷いた。


「分かったよ、それじゃ気をつけて帰ってね?」


「ええ。ニコラスもね。また明日会いましょう」


ジェニファーはそれだけ言うと踵を返し、急ぎ足でその場を後にした――



「はぁっ! はぁっ!」


草原の丘をジェニファーは息を切らせながら必死で駆け上っていた。小脇に抱えた画集はまだ10歳のジェニファーには重かった。

その重さが足を遅くさせてしまう。


(急がなくちゃ! 絶対に4時までにジェニーの元へ帰らなくちゃ)


そのとき。


ガッ!


「あ!」


石につまずき、ジェニファーは地面に倒れてしまった。


「キャアッ!!」


ドサリと音を立てて前のめりに転ぶ。


「うっ……」


少しの間、痛みで動けなかったがジェニファーは地面に落ちた画集を見て飛び起きた。


「本は無事かしら!」


慌てて拾い上げるも、落ちた場所が草原だった為に本は無事だった。


「良かった……」


急いで立ち上がると、右膝に痛みが走った。


「うっ!」


もしかすると、転んだ拍子に擦りむいたのかもしれないが今のジェニファーには確認する余裕はない。


「早く……ジェニーのところへ戻らなくちゃ……」


ジェニファーは痛みに耐えながら必死でフォルクマン邸を目指して走り続けた――

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