1−15 洋品店にて

「まぁ! お客様。本当によくお似合いですわ!」


店内に女性の声が響き渡る。


「そうだな、私も良く似合っていると思う」


伯爵が笑顔でジェニファーを見つめている。


「あの……伯爵様。本当に、このお洋服を買ってくださるのでしょうか?」


ジェニファーは鏡に映る自分を見つめながら、遠慮がちに尋ねた。

鏡の中のジェニファーは大きなリボンで結んだ帽子に、初夏の色を思わせる淡い水色のワンピースドレスを着用していた。


「当然だよ、そのためにこの店に来たのだから」


こんなに可愛らしいドレスを着たことが無かったジェニファーには信じられなかった


「でも……私なんかにこんなドレスは勿体ないです」


「そんなことはないよ。それにこれから一緒に一等車両の汽車に乗るのに、さっきみたいな服では乗せてもらえないのだよ」


伯爵はジェニファーにドレスを着せるために嘘をついた。


「え? そうなのですか!?」


「そうだよ。一等車両に乗るには、それなりの身分の人たちが乗る。似つかわしくない姿をしては駄目なのだよ」


だが、あながち伯爵の言うことは嘘では無かった。

現に一等車両に乗る人々は、お金持ちか貴族ばかりだった。貧しい身なりをしていれば、周囲から白い目で見られてしまう。

最悪、他の車両に移るように言われてしまう可能性だってあるのだ。


「それなら、伯爵様の言う通りにします。……ありがとうございます」


お辞儀をするジェニファー。


「よし、それでは先ほど試着した服も全て買おう」


伯爵は女性店員に声をかけた。


「はい! ありがとうございます! 直ちにお包み致しますね」


2人の会話にジェニファーは驚いた。何しろ、試着した服は全部で10着以上あるのだから。


「そんな! あんなに沢山のお洋服を買ってもらうわけにはいきません!」


「何を言うんだね? あれではまだまだ足りないぐらいだよ。何しろ、これからは私達と一緒に暮らすのだ。それに見合った格好をしてもらわないとな。これはジェニーのためでもあるのだから」


「ジェニーのため……?」


「そうだよ。あまりみすぼらしい姿ではジェニーの話し相手にふさわしくないからね」


ジェニーのためと言われてジェニファーは納得した。

今よりもっと子供だった頃に会ったジェニーは、まるでお人形のように愛らしくて美しいドレスを着ていたのを思い出す。


「分かりました。では、伯爵様……お洋服を買って下さい」


「勿論だよ」


笑顔で頷きながら、伯爵は胸を痛めていた。

まだまだ子供なのに、大人の顔色をうかがいながら遠慮ばかりするジェニファーが哀れでならなかった。


(ジェニファーが屋敷に滞在中は、出来るだけのことをしてやらなければ。何しろこの子は、弟の子供なのだから)


その後も伯爵はジェニファーを連れて何件もの洋品店を周り、馬車の中は荷物ですっかり溢れかえっていた。



「あの、本当に……こんなに沢山買ってもらって良かったのですか?」


馬車に乗り込んだジェニファーがおずおずと尋ねてきた。


「当然だよ、これはジェニファーへのプレゼントなのだから」


眼の前に座るジェニファーは今ではすっかり、どこかのお嬢様のようにしか見えなかった。


(本当に娘のジェニーと良く似ている……一瞬、見間違えてしまうほどだ。娘もいつか、ジェニファーのように丈夫になってくれると良いのだが……)



ジェニファーとジェニー。

伯爵が見間違えるくらいに、2人は良く似ていたのだった。


それ故、後に誤解が生じることになる。


ジェニファーの運命を狂わせる、根深い誤解が――

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