1−11 出発の朝

 2日後――


今日はフォルクマン伯爵家がジェニファーを迎えに来る日だった。


この日のジェニファーは朝4時から起床していた。こんなに早くから起きているのは、アンから家事を命じられていたからである。


家事が大嫌いなアンは、ジェニファーが去る直前まで働かせようとしていたのだ。

そこでジェニファーは夜明け前からエプロンをして、1人で黙々と家事をしていた。


井戸水を汲んで、台所に運ぶ頃には夜が明けていた。


「どうしよう……まだ洗濯だって終わっていないのに、夜が明けてしまったわ」


料理も洗濯も最悪の場合、ケイトに頼むことが出来る。だけど、そんなことはしたくなかった。


(ケイトおばさんには、迷惑かけられないわ。おばさんだって家の仕事があるのに……自分でやれることはやらないと)


まだ10歳のジェニファーは自分の置かれた環境で、すっかり大人びた子供になっていたのだ。


「急がなくちゃ……!」


ジェニファーは自分に言い聞かせると、汲んだ重たい水桶を台所へ運び続けた。




――午前8時


台所にアンの怒声が響き渡った。


「何をしているのジェニファーッ! 食事の準備が出来ていないってどういうことなの!!」


「ご、ごめんなさい。叔母様、洗濯をしていたら遅くなってしまったの」


ジェニファーは震えながら答える。


「だったら、もっと早くから洗濯をしておけばよかったでしょう!」


「でも、私……朝の4時から起きて仕事を……」


「朝の4時から起きていて、まだ食事の準備が出来ていないなんて要領が悪すぎるんじゃないの!?」


「そんな……」


そのとき、騒ぎを聞きつけたダンとサーシャが現れた。


「お母さん!! 姉ちゃんを怒るなよ!」


「そうよ! 可愛そうだわ!」


「何ですって……? 私は、あなた達がお腹をすかせているかと思って言ってあげているのよ!?」


「だったらお母さんが食事を作ればいいじゃないか!」


「そうよ!」


「ダンッ! サーシャッ! 一体あなた達は誰の味方なのよ!」


怒りで顔を赤く染めるアンは、ジェニファーを睨みつけた。


「何だ? まだ食事が出来ていないのか? 一体どうなっている!」


そこへ叔父のザックが現れ、アンを睨みつけた。


「何で、皆して私を責めるの? 家事はジェニファーの仕事でしょう? 私はニックの子育てで忙しいのよ!」


「だが、今日からジェニファーはいなくなるのだ。全ての家事はアン、お前の仕事になるのだ。今から練習しておかなくてどうする!」


「だから、私はジェニファーを伯爵家にやるのは反対だったのよ! あの子が居なくなったら全ての家事を私に押し付けるつもりでしょう!?」


「それが主婦であるお前の仕事だろう!」


再び、夫婦の口論が勃発した。


「勝手に私の仕事だと決めつけないで頂戴! だから伯爵家にお金を要求する手紙をジェニファーに書かせたのに……それについては、一切書かれていなかったのよ!? 馬鹿にしているとしか思えないわ! これでは、ジェニファーの代わりになる使用人を探せやしないわ!!」


――その時。


「なるほど。お金を下さいと手紙に書いてきたのはジェニファーの意思では無かったということか」


台所に2人の見知らぬ男性が入ってきた――

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