天空直下の片想い

ジョセフ武園

最終話 天空直下の恋文【ラブレター】

真っ黒い海に漂い続ける感覚は悪くなく

俺はこのまま永遠の中で浮かび続けるのだろうかとも思い

それも悪くないな、と少し笑みが漏れた。


カナメくん! 」

目の前の漆黒のモニターにこの数カ月何度も何度も見合わせた女性の顏が映し出された。

新垣アラガキ三佐、任務。終了しました。イムゥ撃破を目視で確認」

俺の言葉と同時に、彼女の背後から湧く歓声。それを尻目にその女性はいつもの通り無表情で……。

いや

その時だけは違った。

初めて見る

優しい微笑。一瞬、母さんを思い出し胸が高鳴った。

「よくやったわ。カナ……久隆くりゅう要特変任務担当一等兵。そして、アイリー

 貴方達のおかげで。

 世界は

 いいえ、人類は

 絶望の終末から救われたのよ」


その言葉を聞いて。

初めて実感した。

この数カ月の悪夢のような日々が。今、昇華したのだと。

「これヨリ、地球へ帰還しまス。アラガキ三佐。ルートを計算しますのでそちらでも微調整をネガイます」

そんな、余韻を味わう中、モニターに『ILY』という文字が浮かび、耳に残り過ぎている声が聴こえた。

不思議なものだ。

逢った時は機械のそれで、無機質にしか聴こえなかったその声が

今はまるで共に育った姉弟の様に感情が解る。


「そうねアイリー。募る話は。地球に還ってからにしましょう。気を付けてね」


新垣さんの通信が切れると、俺はゆっくりと身体を起こす。

「アイリー」

呼び掛けると

「何でしょうか、かなめ」

と、先の死闘を想像もできない淡々とした声で彼女は返す。


「俺を信じてくれてありがとう」

俺の言葉が真っ黒な星々の海に泳いでいく。

「――そもそも私でハ、0の境界への対処は不可能でした。イムゥとのスペックが違い過ぎていましたから、でも、デモそんな当然の『結論』よりも

 貴方の、かなめの強さを、信頼できたのです。」


俺は、モニターに映る輝く星を見ていた。その中に――厄災との戦いで救えなかった母さんがいる様な、そんな気がしていたから

「では、残燃料から地球への最安全ルートを算出。これより地球へ帰還します」


「ソウハ、サセナイ」


突如、俺達の会話を裂いたその通信に、全身の毛が逆立ち、思わず緊張で呼吸を忘れる。

「イムゥ、なのか? 」

モニターに激しい砂嵐が巻き起こる。


「サセナイ。刺せない。差せない、指せない

 ハッピーエンドなんて、この物語には存在しない。してはいけない」


「もう止せ、イムゥ。お前は凛ねぇじゃない! アイリーの存在がそれを示している事に、気付かないお前じゃないだろう‼ 凛ねぇの本当の意志をもう踏み躙るな! 」

悲鳴に近かったと思う。正直、この悪鬼羅刹がどんな行動を起こすかなんて考えもつかない。時間を超越するような化け物。もう一度戦って勝てる気なんて欠片も無い。


「……良い」

その言葉に、瞳が泳ぐ。口が渇き、息が乱れ、眼の奥が痺れる。

「かなめくんと……アイリー。貴方達だけは、存在を許してあげる。この宇宙の海で2人きりで永遠の時間を刻むの。

 だけど

 だけど、あの惑星の虫けら共は駄目だ。

 奴らは、マスターリクドウリンの様に崇高な人類にはなれない。愚かに星を傷つけ滅ぼし合い、無駄に増え続ける。

 これこそ

 これこそが

 マスターの、意思だ」


その言葉の直後だった。

宇宙に、音は無い。そんな事小学生でも知っている。

だが、それは確かに破裂しそうな空気の振動によって轟音を帯びながら月の裏側から姿を見せた。


「なんだよ………あれ………」

表現力が乏しい俺にはこれが精いっぱいだが。

それは例えるなら、月よりも、何よりもバカでかいボールペンの様に見えた。


「こんなものが、何で見つからずに隠せてたんだよ」

そこで、イムゥが凛ねぇが発明し、世界中のAIに搭載されたOS、KAFKAの頭目だった事を思い出す。

機械に頼り情報を得る現代社会では、欺く事等容易い事だったろう。


「さよなら……さよなら、かなめくん。

 さようなら、私のアイリー」


それだけを言うとイムゥからの通信は途切れる。


「アイリー‼ 地球へ‼ 新垣さんへ繋いでくれ! 」

同時に叫ぶ俺の言葉にほぼノータイムで彼女は返答する。

「妨害電波デ復旧までは凡そ500秒かかります」


「くそっ! 」

 それを聞いて俺は目の前のモニターでそれを見つめる。

「アイリー、あれは……」

「はい、超大型爆弾搭載の宇宙ミサイルです。進路は地球

 予測被害は……地球全域の消失デす」


眩暈がする。

こんな最後の最後に突き落とされる事があるだなんて。

だけど

だけど、俺の心にはほんの僅か安心感がある。

そう、俺は

一人じゃない。


「……アイリー、どうすればいい?

 L2の残り武装であれを止めるには

 どうすればいい? 」

そう、例え大人の人達への通信を削がれても。

俺には、この数カ月、一緒に戦った最高の相棒が付いている。

いつだって、彼女は正しい選択を導き出した。

それによって、母さんが犠牲になり

彼女を憎んだ事もある。


だけど。

初めて、彼女はをその俺の問い掛けに齎した。


「……アイリー? 」

まるで、その感情が伝わる。

それは、決意だ。

人と違う、しかし人と同じをもった彼女の。


「カナメ、憶えていますか? 琵琶湖で戦った厄災を」

それは、忘れる訳がない。その厄災の行った事で俺の母さんを含め、多くの犠牲者が出てしまった、勝利と言えなかった勝利。

「あの厄災が、最後にした攻撃を」


「――自爆か。成程、L2を、あのバカでかいボールペンにぶつけて、進路を変える訳だな」

思わず笑いが漏れた。ああ――、よかった。

今度は、他者の命でない。

自分の命を懸ければ良いのなら

なんと、容易い。


「アイリー、ごめんな。それと、ありがとう。

 色々あったし

 お前を恨んで、この凛ねぇの意思から逃げ出した事もあったけど。

 ……お前と一緒でよかったって

 心の底から思える。

 母さん、精一杯やったよ。今から俺もそっちに行くよ」


考える時間すら惜しかった。

コントロールレバーを握ると、俺はL2に前進の指示を出す。


「カナメ」

その声で目の前に、この数カ月の地獄のような思い出が一瞬で走馬燈の様に流れ溢れる。


「なんだ? アイリー」


「先に謝っておきます。私はあの貴方の母親が犠牲になった後より、貴方に嘘を吐かない事を誓っていました。

 ――が、1つだけ貴方に黙っていた事がアリます」

一瞬、驚くが――今はもう、それすら些細な事だ。

「なんだ? 」

俺が尋ねた瞬間――コクピットの光が「バツン」という音と共に、漆黒の海に塗りつぶされていく。

「?? ど、どうしたんだ?? 」

理解出来ない俺に、その言葉はまるで何事も無いように語った。


「イムゥとの決戦前のL2改修の際に、ミスターセセラギに頼んで、パイロットの脱出装置を搭載して頂いておいたのです」


「な……、ま、待てよ! L2は俺の生命情報がないと起動しないんだろ⁉ 俺が居ないと、L2をアレに当てる事も」


「……、問題ありません。出力は10%程ですが、目標への自爆なら私とL2だけで可能です。アナタは地球に戻り……幸せな未来を生きて下さい」

イムゥの声が聴こえた時とは、別の鼓動が、身体の全身から聴こえてくる。


「止めろ……止めてくれ、アイリー、俺も、俺にも決着を付けさせてくれ。もう嫌だ。もう嫌なんだ。誰かの命が目の前で無くなるのは」

涙がこぼれる。それが何故なのか。俺はもう気付いていた。


「――コクピットと、燃料タンク生命維持装置をL2より切り離します」


アイリーの声と同時に、大きな揺れが周囲を包み

やがて、目のモニターに、L2の白銀のボディが映り込む。

「止めろ……止めろ、アイリー、アイリー‼ 」


「安心して下さい。カナメ、私はイムゥに生み出されたAIです。生命活動は存在しません。誰の犠牲も出さず、最善の行動を行うだけです」

その言葉の後、L2の背部バーニアが点火し、少しづつ、爆弾へと進み始める。


「アイリー……アイリ―……違う、違うよ」


「……カナメ? どうしたのですが? カナメの感情パルスとバイタルサインが激しく乱れています」


「どうして……どうして、解らないんだよぉおおお……」

震え、熱い血の様な涙が自然に零れる。

「カナメ? 泣いているの? ドウして?

 ……私?

 私の為……に

 泣いてくれているの? 」


「アイリー……アイリィイイイイ……」


「あ……

 あ……

 ああ……」




「ウレシイ」


「ウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイレシイウウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイレシイレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイレシイ」


「ウレシイ

 カナメガ

 ワタシノタメニ

 ナミダヲ

 ナガシテクレテ」


「ウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイレシイウウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイレシイレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイレシイ」



――地球、新日本玉奉地区

「これは……」

その場に居た政府の人間も――軍の関係者も全員がその声を聴く。


「世界中の

 KAFKAを通して

 アイリーの

 彼女の

 感情が」


「ウレシイ、生まれてきて本当に良かった。

 ありがとう、要、ありがとう、六道凛マスター

 もし

 もし、生まれ変われるのならば

 次は

 人に………」


その通信が聴こえなくなり、数秒の後。


「うわぁああああああああああーーーーーー! 」

目の前に、眼を閉じても眩む程の光が俺の身体を包み込んだ。

L2の動力に使われた、翡翠色の液体が

まるで子どもの頃に母さんと見た天の川の様に……。



――14年後。


「新垣総理‼ 米国と中華国との和親会議が決まりました」


「そう」


「……ひょっとして、今、彼等の事を思い出していましたか? 」


「……、中々勘が鋭いわね、葛城かつらぎくん」


「何故か、私も今朝、あの日の夢を見ましてね。しかし嘆かわしい事です。イムゥ襲来の際は世界中が共通の敵に立ち向かっていたものの、それが解決したら再び人類同士で争いを再開して。おまけに、あれ以降AIの開発にも強い制限が掛かりセセラギの奴も嘆いていました。

 しかし、私にはイマイチ解らない事があります。いったい六道凛は何故、久隆要をあそこ迄固執したのか」


「……葛城君。本気で言ってるの?

 貴方、恋とかした事ないの?

 一人の恋のエネルギーの前には、世界を相手にするには充分よ。

 アレはね?

 文字通り、一生の勇気を振り絞った

 それよりもずっと高い

 宇宙天空から届いた

 六道凛という少女から

 久隆要という少年に送られた


 恋文ラブレターだったのよ」


「はあ……」


「そう考えれば、アイリーや、イムゥ、L2の名前の意味も……

 ……

 いえ、止めましょうか

 折角の恋路を暴く様な

 そんな無粋な真似は」


「……今頃、彼等も、どうしていますかね? 」


「……きっと大丈夫よ。あの子達は。

 さあ、私達も救ってもらえた分、世界の平和を守らなきゃね」



――新日本、蒼乃道あおのみち地区某所

「おとーさん、ただいまー」

声の先の少女は、俺の下へと駆け寄ってくる。

「ああ、おかえり。お母さんがおやつを用意してくれてたよ」


「やりっ

 おとーさんは、食べないの? 」

娘に微笑むと、俺はそれを彼女に見せる。

「なぁに、これ」

俺は、大きく深呼吸をすると、微笑み返す。

「お父さんの、最高の相棒だよ

 ようやくね

 ようやく、彼女を起こせる準備が出来たんだ。

 一緒に見ててくれるかい? 」

俺の言葉に、娘は頷く。

震える手で電源を繋ぐと


モニターに浮かぶ「ILY」の文字。


「やあ、おかえり、アイリー」

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天空直下の片想い ジョセフ武園 @joseph-takezono

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