幼馴染の彼が「失恋したい」とかほざくので、ちょっくらフッてみることにした。

こばなし

ある年の瀬の一幕

「はあー、失恋してぇ」


 彼――平野唯斗(ひらの・ゆいと)の部屋でマンガを読む私――柊三月(ひいらぎ・みつき)は、幼馴染である彼のなにげない言葉に、思わずページをめくる手を止めた。


 こいつ、マジで何言ってやがる。


 正直、このままぶん殴りたくなった――が、そこは可憐で儚げな少女たる私のこと。


「そんなにいいもんじゃないよ、失恋って」


 そんな言葉を返すだけにとどめた。が、


「まるで失恋したことがあるみたいな言い方だな」


 続く彼の言葉に、またもや怒りを覚えた。


 さらさらに手入れしているつやつやのロングヘア―が、金髪になって怒髪天を突く勢いだった。私の心の中の孫悟空が、我を忘れてスーパーサイヤ人に覚醒するぐらい。


「私だって、フラれたことくらいあるし」


「へえ、三月が」


 意外そうな顔をしているのが意外だ。というか、心外だ。丁度、ベッドの上で寝転がってマンガを読んでいるので、近くにある枕を投げつけたい心情だ。


「三月みたいに綺麗で可愛くて、一緒に居て楽しいヤツをフるとか――信じられねえ」


 私も信じられない。綺麗で可愛くて、一緒にいて楽しいと思ってもらっているのにも関わらず、私をフる悪魔みたいな奴がいること。


 そして、そのような所業を無自覚に犯す、あまりに業の深い罪人がいることを。


「ほんと、信じられないよね」


「はは、それ、自分で言う?」


 そう言って彼は私の頭に手を置いた。


「まあ、三月なら自分で言ってもおかしくないか」


 天使のように微笑みながら、優しく頭を撫で回す彼。


「さわんな」


「おっと、すまん、すまん。つい撫でたくなるような愛らしさだったもので」


「は、おまえ、私のこと好き過ぎだろ」


「いや、そういうのじゃない」


 おかしいおかしいおかしい。


「そういうのじゃないの?」


「うん、違うんだよ……」


 神妙な顔で彼が言った、「違うんだよ」という言葉が、私の頭の中で反芻する。


 これで、好きじゃないの?


 この人、バグってるんじゃないの……


 いや、もしかすると、これで『好かれている』と認識する私の方がバグってるのかもしれない。


 もしくは頭が悪すぎて、『好き』という概念に対しての理解が、常人に対して著しく浅いのかもしれない。


 そんなことをぐるぐる考えていると、


「それでさ、失恋の話に戻るんだけど」


 腹の立つことに、よりにもよってその話に戻された。


「三月は、今まで何人にフラれたの?」


「ひとり」


「なんだ。じゃあ、フラれたのは一度っきりってことか。そりゃあそうだ、君みたいな美人、フる男がそうそういてたまるものか」


「ううん、フラれた回数はゆうに100回を超えるよ」


 回数をぼかしたが、実はちゃんとカウントしている。


 昨日まで199回だった。ちなみに、先ほど記念すべき通算200回目の失恋を味わった。フラれた回数でなら大谷翔平に勝てるかもしれない。


「えー、三月、すごいじゃないか」


 なにがすごいのか分からないが、なぜか褒められた。


「そんなにその男が好きなのか」


「さあ、どうかな。もうそろそろ嫌いになってきたかも」


 気付いてもいないようなので憎まれ口を叩く。この鈍感なそぶり、昨今のラブコメ主人公に勝るとも劣らない。それでいて、特筆すべき特徴がこの男にはある。


「そっかそっか。三月が可愛くて仕方がないのは、そんな純粋な恋心を抱いているからなんだなあ」


 そう、このさりげない褒めである。


 当事者であるにも関わらず、関与していない第三者であるかのようにして、相手を褒める。


 この表現が正しいのかは分からない。彼からすれば、私の恋愛事情に関しては部外者なのだろうから。


 他にも――


「唯斗ってさ」


「何」


「す、好きな人とか……いたりしないの」


「ははは、なんだよそれ」


「いいから」


 いいから答えろボケ。


「うーん、一緒に居たい奴なら居るよ」


 この、決して好きという言葉を使わずに、ほのめかすようにして私に向けられる、天使のように優しい柔和な笑顔。


 彼の言動や態度をパズルのように組み合わせると、好意の対象が私であると想えるような、いやらしい接し方をしてくる。


 これに私は大層弱い。


 正直、単刀直入に好きと言われるよりも、こういった「もしかしてこいつ、私のこと、好き……?」と勘ぐらされてしまうような攻められ方の方が燃えてしまう。


 そうやって彼に弄ばれている自分に酔っている側面すらある。


 まあ、そんな自分が嫌いになることもあるから――


「じゃあさ、その『一緒に居たい奴』に嫌いって言われたり、興味ないって言われたら、どう?」


 今日はちょっと違う手で攻めてみようと思う。


「え、なに、急に」


「いいから答えなさい」


「う、うーん……べ、別に、平気なんじゃね……」


 お、不意打ちが功を奏したのか、分かりやすくたじろいだぞ。


「ふーん。そ。じゃあ、試しにフラれてみよっか」


「はあ」


 『人をダメにするソファ』に寝そべる、呆けた顔の唯斗の前で仁王立ちする。


「アンタなんて別に、好きでも何でもないんだから。むしろ嫌いでもない。興味ない。無関心」


 そう言って腕を組み、ぷいっとそっぽを向く。


「どう?」


「どうって――いや、そういうのじゃないんだよなあ、俺の失恋したいってのは」


 いかにも「分かってます」みたいなすまし顔で、彼。


「こう、喪失感、みたいな。大事なものが抜け落ちて、嗚咽するみたいな――」


 手を上下左右に動かしながら、理想の失恋についてプレゼンしてくる変態男。端的に言ってうざい。


「三月のそれは、ツンデレだよ。むしろ違う方向でイイ」


「はァ?」


「そしてこのローアングルからの眺めも最高だ」


「それ、どういう意味よ」


「君は気付いていないかもしれないが、君が腕を組む時のむにゅってなってるのもすごく良い――あ、やめ、ちょ、足を口に突っ込もうとするのやめ、ふごッ」


 スケベな変態には丁度いいと思ったのだけれど。


「茶番はさておき」


 そう言って私は唯斗の顔から足をのけ、窓の外を見る。


「雪が降ってきたわ」


「ホントだ」


 二人して窓辺に並んで寄りそい、窓越しに空を見上げる。


 しばらく無言で眺めていると、ふっと思いついて、口が開いた。


「唯斗。クリスマスの予定って、どうよ」


「予定?」


 彼はうーんと悩む素振りをしてから、


「ある予定」


 ……なんだ、それ。


「意味わかんないんだけど」


「今から埋まる予定。そういう三月はどうなんだよ」


「……さあね」


 唯斗の表情がくもるのを横目に、してやったりとそっぽを向いて含み笑い。


 そうだ私、今日はコイツに勝つんだ。決していつもの柔和な表情や、いやらしいやり口にしてやられている場合じゃない。


「三月。俺の好きな人について語ろうと思うんだ」


「……」


 え、唐突にどうしたの。どういう思考回路を築いたら、自分に好意を寄せる人の目の前で、自分が好きなここに居ない第三者のことを語ろうという心境になれるの……?


「俺の好きな人はな。いやらしいやり口が好きなんだ。迂遠に好意を伝えられることが好みなんだ。見てれば分かる、長い付き合いだからな」


 はいはい、またそういう――


 って、え?


「でもたまには違うやり方もいいのかもしれない」


 いうや否や、唯斗の手が私の両肩に置かれる。たくましい手に少し強くつかまれて、心臓が跳ね上がる。


「ちょ……なに」


「三月。俺はな、仮に自分に彼女ができたとしても君とクリスマスを過ごしたいんだ」


 唯斗は私の両肩をつかんだまま、まっすぐに私の目を見つめている。


 いつもとはちょっと違う、まっすぐな言葉。


 恥ずかしくて目を逸らしたくなる。顔をそむけたくなる。でも、ここで退いたら負けな気がする――


「それはちょっと、なんか違う気がする……」


 でもやっぱり、顔がほてって、下を向いてしまった。


「そうか、たまには良いと思ったんだが」


「ちがう、そうじゃない」


「え?」


 勝負にはまだ負けていない。


 私は彼の胸ぐらを掴んで、顔を思いっきり近づけて、くちびるを無理やりに重ねた。


 ちゅ、と軽い音をたてて、名残惜しそうにくちびるを遠ざける。


 目の前の啞然とした表情の唯斗に告げる。


「彼女が居たとするならば、クリスマスは彼女と過ごすべきでしょ」


「……はい」


 そうして年の瀬のその日、私たちの友人関係は終わった。


 同時に、恋が実った回数に、記念すべき1回目がカウントされた。


「三月」


「なに」


「これで俺たちも、ただの幼馴染から、ただならぬ幼馴染になっちゃったね……」


「……」




 それはちょっと、なんか違う気がする……。




<了>

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幼馴染の彼が「失恋したい」とかほざくので、ちょっくらフッてみることにした。 こばなし @anima369

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