第4話 大ネズミの革袋

穏やかな昼下がり、干された洗濯物が風に揺れその間をくぐり抜けてはしゃぐ子供達の笑い声、主婦たちの井戸端会議、酒場から聞こえる陽気な歌声は平和を現す。

そう、こんな穏やかな日差しに照らされた大ネズミの皮もその平和な日常の光景だと思うようになったのも、この環境に慣れ始めた兆しかもしれない。

「十五…やっと剥ぎ終えた…」

一仕事終えたように大きなため息を1つ零し、坂本は血で汚れた手袋を外し額に滲んだ汗を拭い傍に置かれた血生臭い大きな桶に視線を向ける。

そこには手の先から肘までの大きさが特徴的な大ネズミ…だったものが十五体程積み重なっていた。

一見残酷な光景だが決して無駄にはしない、大ネズミの皮は序盤のダンジョンから手に入る便利な道具入れになる上に肉も悪くない。

前世であれば衛生的にあまりいい顔はされないが、こちらの世界では大衆食堂で唐揚げなどで提供されている程に味は悪くない。

ただ皮を剥いで肉にするまでの行程が面倒くさく、時々ギルドでも大ネズミの討伐の依頼の内容に『毛皮を剥いだ状態で納品』と記載される事もある。

自炊は殆どしない坂本にとって大ネズミはスライムと同様家計を支えてくれる貴重な資金源に過ぎない。

捌き終えた坂本は先に干していた皮数枚と中身を持って作業場へと戻る、従業員など雇っていれば剥いだ皮の管理と中身の加工など手分けして出来るがその余裕はない。

幸い客足は程々に、時々閑古鳥が鳴く時もあるが坂本にとって丁度いい忙しさでもあった。

作業場に肉と皮を運び終えればまず最初に行ったのは肉を冷蔵庫に保管する事だ、肉の質が落ちれば売値も下がる為なるべく鮮度が高い状態で買い取って貰う為には必要な事だ。

…ただ十五匹は流石に多かっただろうか、縦横に詰めても三匹程はみ出てしまう。

(これは今晩の晩飯と、乾燥肉にでもするか…)

乾燥肉は乾燥肉で需要がある、商品棚の空きも埋まるし売れれば儲けにもなると考えながら一旦肉を別の場所に移動させ本題へ移る。

目の前に広がるのは大ネズミの毛皮と皮製品用の裁縫道具、これらを使って大ネズミの袋を作るのが本日の仕事だ。

本来であれば動物の毛皮は使えるようになるまでかなり手間がかかるし時間もかかる、しかし魔法を使う事で面倒な手間と時間は短縮できることを学んだ。

(確か、俺の覚えた魔法は…)

ステータス、と言えば目の前に見慣れたウィンドウが出てくる…という便利な機能は最低ランクの転生者には実装されていないらしく自身の能力を鑑定してくれる施設で自分の今の実力などを調べることが出来る。

坂本が使用できる魔法は以下の通り

・水属性魔法Lv2

・風属性魔法Lv2

・雷属性魔法Lv1

・探知Lv5

…である、最高がよく見る99らしいが恐らく選ばれた転生者はそれを超えるらしい。

「さて、やりますか」

坂本が剥いだ皮を固定し、毛の部分を剥いでいく。薄皮一枚に張り付いた毛は服飾関連の店に持って行けば三千円程で買い取ってくれる。

慎重に皮を剥いで毛の部分と皮の部分を分けたら皮の方にうっすらと色が付く色鉛筆を使って形を決める、なるべく資源を無駄にしたくないので二枚の大ネズミの皮を二つに合わせて切ってそれで簡単な荷物入れに仕上げていく。

幸い革袋を作っている場面は幼い頃に何度か見たことがある…が上手く出来るかは別だ、だが専門店では落第点どころか店に並べる事の出来ない出来だとしてもうちは雑貨店だ。

多少形が歪でも安ければ手に取る客もいる…と信じたい。

まず皮を水に漬ける、魔力を注ぐ、モンスターの皮にはそのモンスターの持つ魔力が残っている為取り除掛ければ魔法を使った際それに反応して思わぬ事故が起きる…かららしい。

昔モンスターの皮で作った手袋を付けたまま火属性の魔法を使ったら手に魔力が集まって大火傷を負ったという話を聞いた事がある、そのあとの裁判で販売した店は多額の賠償金を支払ったとか…

そうならない為に念入りに魔力抜きを行う為に樽に微電流を流す、微電流に反応したモンスターの魔力が水の中で固体化し沈殿するのでそれを掬いとってまた電流を流すを繰り返す。

皮が脆くならないのかというのは気にしないで良いらしい、むしろ刺激を与える事で革の伸びが良くなって加工しやすくなるらしい。

「こんなもんかなぁ」

坂本が樽から一枚の皮を手に取り、水が滴る皮を見つめながら引っ張る。良い伸びだと感じたら次の行程に移る。

濡れた皮を加工する為にはまずは乾かさなければならない、そこで使うのが風属性魔法、水滴が滴る皮を筒形の脱水機に水を吸収する小石を注いで回す。

手動であれば少々疲れるがそこで風属性の魔法、脱水機の中に小さなつむじ風を発生させ、中の小石が飛び散らない様に蓋をすれば自動的に回転させることが出来る。

(どういう原理でこれが成り立っているのかは分からないが…出来ているんだしそれでいいか…)

細かい事は気にしないのが長生きの秘訣だと、無駄に長生きな爺さんが言ってた気がする、そう思いながら乾燥が終えた皮を取り出して鞣しの行程に移る。

…と言っても簡単に薬剤を表面に均等に塗っていくだけだ、モンスターの革は種類によるが大体が加工しやすく細かな作業は必要しない。

道具屋で売られている革製品で安価な物と高価な物があると思う、あれは素材と加工の手間暇で金額が決まっていたりする。

羊や鹿などの革を加工する時は前世のように手間も暇もかかるし高い、大ネズミなどのモンスターになれば加工が容易く安価で手に入るようになっている。

ただ例外としてはドラゴンなどの高レベルモンスターになれば加工が難しく希少価値が付く為高値が付く…まぁ序盤の街でそのような高価な素材が出回る事はまずないが。

一通りの加工が終えれば頑丈な紐を針に通し、塗っていく。

加工しやすいと言っても二枚の革を縫うのは普段からあまり裁縫などしない男にとっては難しいだろう、自分の手を縫わない様に慎重に縫い合わせ、紐を通す為の穴を作り袋をひっくり返せばほぼ完成と言って良いだろう。

最後の仕上げに皮の紐を通せば大ネズミの革袋が出来上がった。

「や~~~~っと出来たぁ!」

気付けば明るかった外は夕焼けに染まりつつある、かなり時間を駆けて出来たのは一人分の革袋のみ。

長時間同じ姿勢でいた為か体のあちこちが軋んでいる気がする、そう思いながら外に干していた毛皮はもうほぼ乾いていた。

「…まぁ、急ぎの仕事じゃないし」

なんて言い訳をしながら冷蔵庫に入りきらなかった大ネズミの肉塊をどう料理しようか、する事が無さそうで多い事に頭を悩ませながら今日の仕事は終わった。



ちなみに初めて作った大ネズミの革袋は自分用として使い、未加工の革を数枚だけ残し後は全部肉を肉屋に、皮を加工屋に買い取って貰った。

素人が作るより適した職に就いた者に任せた方が良い、そう思いながらお手製の革袋から買い取って貰って得た現金がじゃらじゃらと音を鳴らしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冴えないおっさん達の異世界生活 雷華 @raika0826

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ