第3話 ダンジョンの手入れ
転生したらチートスキルで無双して、人生イージーモードになるなんて事は誰もが一度は夢を見るだろう、だが現実はそう甘くない。
神のうっかりミスで死んでしまった者は生きていくうえで必要最低限のスキルしか渡されない、しかも事務的な手続きでそれを説明されるとは思わないだろう。
現に坂本は異世界に転生してからやった事と言えば訳ありの家を格安で手に入れて、近くの低レベルダンジョンに湧くモンスターを使ったちょっと便利な日用雑貨を作って売っているくらいだ。
可愛いヒロインとの出会いなんてあるわけがなく、強いて変わったと言えば前世と比べたら生きやすく感じた事くらいだろう。
それだけで十分だ、そう坂本はあくびをしながらポストを確認する。
すると二枚の紙きれと小さな袋に入ったお金が入れられている事に気付く、紙きれを見れば仕事の依頼らしい。
『迷いの森で植物系モンスターが大量発生しているので減らして欲しい、刈ったモンスターはそちらで好きに使ってください。』
迷いの森―ちょうどこの街のすぐそばにあるダンジョン、冒険家やダンジョン攻略者達が最初に訪れるのがこの森だ。
よくある勇者の血筋の子供がモンスターと対峙し、幼馴染のヒロインが危機に陥った時に力が覚醒する展開は大体こういう場所で起こる。
ちなみにこの依頼はギルドで募集を掛けたが誰も反応を示さなかったのか、掲載期間を終え依頼主の元に戻って来た者が多い。
依頼料は二万五千円、ダンジョンでの雑用としては良い値段なのを見ると貼る場所が悪かったらしい。
「はー…しゃーない、仕事行くかぁ」
そう呟いて坂本は器具を用意して、もう一枚入っていた受託書にサインをし、ダンジョンに行く前に依頼主に渡しに向かった。
ダンジョンというのは大まかに三種類ある、一つ目は地形が変わるタイプ、二つ目は変わらずモンスターが湧き続けるタイプ、三つ目は一度倒せばモンスターが湧かず、時間経過で消えるタイプ
迷いの森は二つ目のタイプだ、出現するモンスターもほぼ固定されておりレベルも高くない、ここでうっかり死ぬのは大体油断した時くらいだ。
伸びきった雑草を刈りつつ薬草を見つければある程度残してあとは頂く、RPG系のゲームで薬草を見つけたっていうのはこういう場所なんだろう、よくわかるな。
「ふぅ…さて、そろそろ始めるか」
分厚い手袋とそこそこ切れ味のいい鎌を持って坂本はダンジョン内を歩く、依頼主の言っていた通り植物系のモンスターの数が多い。
基本的に植物系のモンスターは人食い植物系統が多い、地面に伸びるツタを踏んだ者を絞め殺し、その体に種を植え付けるタイプは厄介だ。
まだ幼体であれば可愛い物だ、それが成体、特に長い年月気付かれなかった場合とても厄介なダンジョンのボスになってしまう、初心者がうっかり挑んで毒状態になって死ぬ一つの要因。
まだ育ちきっていない幼体を根元から鎌で切断し、籠に入れるを繰り返す、これは後で肥料にするので持ち帰る。
一通り刈り終えれば他を見て回る、すると足元にゴツンと何かがぶつかり見れば立派な南瓜が生えていた。
「うわ、猫南瓜だ。ここで猫が死んだのか…危ないなぁ」
一見ただの南瓜に見えるこれは猫の亡骸に寄生した南瓜型のモンスターだ、襲い掛かったりはしないが普通の南瓜と見分けがつかない為何も知らずに野営で調理して食べた冒険者が死ぬほどの毒性を持つ。
普段この森では見かけない為、よそから来た猫が食虫植物のツタで仕留められた後運悪く猫南瓜になってしまったのだろう。
坂本は猫南瓜の周辺に生えていたツタも含めて回収する、万が一また実が生ると厄介だからだ。
「肉食虫植物の生体がA区に十体、トリフィドが六体…、あとはお化けキノコと大ネズミ、スライムもそこそこに、…猫南瓜はB区に生えていたのを回収してほかに見当たらなかったし…」
あらかた間引きは済んだ、この森に棲むモンスターの数を数えているとふと人工的に更地になった箇所に気付き近付けばそこには畑のようなものがあった。
「うわっ、これマンドラゴラじゃん!誰だよー指定場所以外での栽培は違法だってんのに…数は四体か…」
マンドラゴラ、魔術に不可欠と言われるほどに重要なアイテム。引き抜けば対象の命を蝕むといわれるが綺麗な状態で引き抜く事が出来れば高額で取引される。
一つ間違えれば多くの命が失われるとされるこの植物の生産は魔術協会で免許を取得した一部の人間しか許されていない、此処で植えられているのは違法マンドラゴラだ。
成長具合によっては一体で三ヶ月は働かず済む価値が生まれる、金目的でダンジョン内にマンドラゴラを人工的に植えて通りがかった一般冒険者に引き抜かせるといったあくどい事を考える輩がいる。
「はぁ…仕方がないか」
坂本は間引いたモンスターの山の中から小さな麻袋を取り出してマンドラゴラが表面に出ないように土を入れる、引き抜いたら死ぬなら引き抜かず土ごと運べば問題ないだろう。
四つの麻袋に土を入れ終わり、念のため耳栓をした後マンドラゴラを掘る。
(悲鳴上げんなよ…マジで上げんなよ…)
恐る恐る土ごと持ち上げて、麻袋にマンドラゴラを入れる、その上からまた土を軽く被せれば坂本はにじみ出た汗をぬぐって一息つく。
これで良かった、ならとあと三体を慎重に植え替える、一歩間違えたら死んでしまう為時間は掛かったが何とか回収する事に成功し、籠に入れる。
後で街に戻ったらギルドに報告し、ギルド伝いにマンドラゴラを魔術協会に引き渡そうと考えているとグゥ、と腹の音が鳴る。
そう言えば何も食べていない事を思い出し、軽食を取ろうと思った時、手が止まる。
(しまった…弁当家に忘れて来た…)
出発する前はあれだけ指さし確認をしたのにどうして忘れるのか…ほかに何か食べれそうな物がないか探すが都合よく見つかるわけがない。
(見つけたのは薬草と肉食虫植物の幼体…、罠で仕留めた大ネズミとスライム…)
一応食べれない事は無い、…が今の状況で大ネズミを食べる勇気はないし薬草は傷薬になる為使いたくない、…となると最終的に行き着いたのは肉食虫植物の幼体になる。
「…っ、背に腹は代えられん」
見た目はアケビに見えんことない、成体はまずいって聞くがまだ成熟していない幼体ならワンチャン…!と勢いで皮を剥いで噛みつく。
(…意外といけるな)
味はねっとりとしたバナナみたいだった、だが進んで食べれるかと言われたら答えはNOだ、非常事態が起きて食べなければならないとなったらこの経験を活かそう、そう思った。
腹が膨れたところで日が暮れ始めた、夜になればモンスターが活発化し危険になる為ここいらで引き返さなければならない。
マンドラゴラの入った麻袋が四つ、肉食虫植物の幼体が五十体、大ネズミが十五体とスライムは…沢山、一応生態系を乱さない程度に減らし後は依頼主に報告するだけだ。
そう思いながら歩いていると目の前の茂みが動き、ウサギか?と思っていたがその正体はゴブリンだった。
「あっ」
きっとお互いそう思ったのだろう、一瞬時が止まり先に動いたのは坂本だった。
(やばいやばいやばい!!!ゴブリンは聞いてない!!!いるって知らない!!!!)
ゴブリンの持つ棍棒は並大抵の人間が受ければ大体瀕死になる、当たり所が良ければ即死で済むがじわじわと嬲り殺しされるのはごめんだ。
殆ど丸腰の坂本にとってこの状況は非常にまずかった、なんせ冒険者ではない為装備していると言っても厚手の長靴ぐらいだ。
全速力で森を走る、走る、走る。
人間やはり危機的状態に陥れば火事場の馬鹿力が発動するというのは本当らしい、現に重たい荷物を背負った状態で全速力で街に逃げれているのだから。
逃走本能が長生きの秘訣、誰かそう言っていたがそれどころじゃなかった。
後日談になるが、本来出現しない筈のゴブリンが湧いた理由は迷いの森付近に新たなダンジョンが出来ていたらしく、そこからゴブリンが出て来たという事
ギルド側は俺の報告や同じように挑んで逃げかえった新米冒険家、度胸試しで入った若者たちからの報告を受け調査し、適切な戦力を持つパーティーに要請しダンジョンを潰す事に成功したらしい。
あと迷いの森で無許可でマンドラゴラを植えたならず者は無事逮捕されたらしく、酒場ではその話題に持ちきりだった。
ちなみにそこそこ大きく育ったマンドラゴラを綺麗に引き抜いて売った場合売値は十万を超えるのだとか…土に埋まった物を綺麗に掘ったら高く売れるってなんだか自然薯みたいだと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます