第2話 スライムの洗剤
転生といっても一人にあたり一世界という事ではないらしい、それを知ったのは同じように転生した者達との邂逅だった。
転生は一人ひとり被らない様になどのルールは無いらしく、特に理由が無い者の転生先はある程度固定されているらしい。
坂本と同じように死期が近く予定外の場所で死を迎えた者達や寵愛を受けた転生者が同じ世界に転生するという事がよくあるのだとか、転生前に読んでいた悪役令嬢物にも作品には登場しないが実際見えない部分で転生し余生を過ごしている者もいると聞いて世界は広そうで狭いんだなと感じた。
先にこの世界に来た者から話を聞けば前世、現代日本から転生した者は珍しくないらしく、現にこの酒場がある街の3分の1は転生者であると聞いて愕然とした。
大半の人達は前世の記憶が無いらしい、ただ稀に思い出して懐かしむ者もや嘆く者も居るが此処の生活は文明の利器に慣れている故か不便に感じる事もあるが他はそうでもない、驚いたのは通過が円だったことだろうか。
異世界と言えば金貨銀貨をイメージしていたが道端で百円玉を拾った時は「え、ここ円通貨適応してんの?」と間抜けな感想が出た事はきっとこの先忘れられないだろう。
「そう言えば王都の方で救世主様を呼び事に成功したらしい」
「あぁ、巫女も一緒に召喚されたとか…」
離れた土地の王都の話も酒飲みが集まる場所となれば自然と耳に入る。
どうやら召喚された者達も異世界―現代日本から招かれたらしい、今頃王都では歓迎する祭りでも開かれてるのだろう。
(可哀想に、まだ夢も希望も、将来性もあっただろうに)
訳が分からないまま帰れるかも分からないこの土地で最悪一生を過ごす羽目になるとは、真面目に生きていたならば悲観するだろう。
(まぁ、俺には関係ないか)
何処の誰かは知らないが、彼らは世界を救う為に選ばれた所謂主人公側の人間、一方坂本のような人間は脇役的な立場の人間は関わる事は無いだろうとあくびを1つ零し、店主に呑んだ分の代金を支払い酒場を出る。
向かうのは街の奥、表通りから離れすぐ傍がダンジョンと呼ばれる森の近くに位置する掘っ立て小屋を改築した自宅兼職場。
前の持ち主が何か問題を起こしたのか売り手が無く格安で売られていたこの家を交渉術を使って運よく手に入れた持ち家だ。
扉に掛けられていた外出中と書かれた看板を取り外し、扉を開けばがらんとした空間に置かれた空の棚や台が出迎える。
買って来たものを棚に置いてカウンターの向こう側に移動し簡素な椅子に腰を下ろし一息つく。
「さて、今日は何するかねぇ…」
大体の客は表通りにあるちゃんとした店を使うのだから相当切羽詰まった奴じゃないとここには来ないだろう。
《何でも屋》、それだけ書かれた小さな看板が飾られた店にやってくるのは変わり者か、もしくは簡単すぎてギルドの依頼掲示板に埋もれ掲載期間が過ぎた依頼消化の為にやってくる商売人くらいだ
なるべく人に会いたくないと言う理由で取り付けたポストを見ても依頼は何も入っていない。
仕事が無いという事はちゃんと仕事を欲する人の所に仕事が回っているという証拠、良い事だと思いながらも仕事は無くともすべきことは山積みだ。
坂本はカウンターに『御用の方はベルを鳴らすように』と書かれたプレートを置いて裏口に続く扉を開く。
「客がいないんだから、これやっとくかぁ」
ため息を吐いて見下ろすのは洗い終えたガラスの小瓶。
50程入っているその箱を持ち上げ店の中、作業部屋へと運んで一つ一つ瓶の蓋と容器を分ける。
ヒビや欠けがないかこまめに確認しつつ、全部大丈夫だと分かれば大きな樽を1つと空の桶、水が注がれたバケツを二つ、そしてかき混ぜ棒と何かの薬品を順番に並べ樽の蓋を開ける。
多少きつく閉められていたのか、樽の蓋は僅かに軋む音を奏で、少し待てばバコンと音を立てて中身が露わになる。
そこに入っていたのは緑色の液体…否、スライムだ。
樽一杯に詰められたスライムは生きているのか死んでいるのか、坂本が杓でかき混ぜても反応が無い。
ドロリとした粘液を空の桶に流し入れ、そこに先程用意した薬品を少しずつ、入れてはかき混ぜ棒でかき混ぜるという工程を繰り返す。
(そろそろかな…)
くすんだ緑色の粘液は薬品が混ざった事で色鮮やかな緑へと変色し、生臭かった匂いも爽やかな柑橘系の香りになっていく。
桶に注いだスライムだった物が無くなれば再び樽からスライムを桶に移し、また同じように薬品を入れてはかき混ぜる、最初のうちはまだ良い、だがこれを何度も繰り返せば腕も腰も限界が来る。
その液体を丁寧に用意した瓶に詰めては封をする、それを用意した分の瓶に詰め終われば山場は超えた、あとは窓に差し込む日差しに反射してキラキラと輝く瓶を商品棚に並べるだけだ。
一つ、二つと瓶を並べている最中、カラン、カランと来客を知らせるドアベルが鳴る、振り返れば女性が買い物をしにやって来たらしい。
「こんにちは、何かお勧めの商品はあるかしら?」
穏やかな笑みを浮かべる女性に坂本は不慣れな営業スマイルを浮かべ手に持っていた瓶を見せる。
「お勧め、と言えるか分からないけどこちらはどうですか?汚れ落としです」
「汚れ落とし…ってことは石鹸や洗剤かしら」
「えぇ、そうです。こちらはスライムを原料に作った洗剤でございます」
そう説明するとスライムを洗剤に?と怪訝そうな表情を浮かべ、瓶に詰められたソレを眺める。
「はい、スライムが纏う粘液は地面の汚れなど付着しやすい性質ですのでこういった汚れも…」
カウンター裏に置いていた小さな桶に汚れて殆ど黒に近い布巾を入れ、スライムで作った洗剤と水を入れる。
「汚れによっては量を調節しなければなりませんが食器を洗ったり、普段の洗濯や掃除であれば少量でも充分効果が出ます」
説明をしながら桶の中に入れた布巾を擦る、すると泡立って行く中で布巾に変化が訪れる。
ほぼ黒だった色が少しずつ色が落ちていき、泡が僅かに変色し一分ほど洗えば黒からほぼ白に近い灰色になった布巾を坂本は広げて見せた。
「まぁ!あんな黒かった布巾がこんなに…でも手が荒れたり…」
「手荒れなどの副作用は長時間使わなければ心配しなくても大丈夫です、使用しているスライムは毒性のないスライムを使用してます。それと虫よけの効果がある薬品も混ぜてますので虫が湧きやすい場所に撒くだけでも効果がありますよ」
いかがでしょうか?と尋ねれば女性は虫よけという単語を聞いて嬉しそうに表情を浮かべる。
「虫よけも!丁度良かったわここ最近暖かくなって虫も増え始めたからゴミ箱に虫が集る様になって困ってたのよ。二本ほど頂けるかしら?」
「ありがとうございます、二本で千円になります」
カウンターに戻り、品代を受け取り商品を渡し、軽い世間話を交えながら見送る。
「…意外とスライムって便利なんだなぁ」
前世でもこういう洗剤欲しかったな、あぁでも実際あったかもなと思いながら日が暮れつつある空を見ながら、坂本は店先に掛けられた看板を回収し、店…家の中へ入っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます