第45話 タダほど高いものは無いって、こういうことを言うんだろうな?
「どうですか? モンジ先輩」
「どうって言われてもな……。本当にここに引っ越さなきゃ駄目なのか?」
「先輩にとっても悪くない話ですよ? 1LDKが、4LDKになるうえ、家賃もかからないんですよ? 家具だって、そのまま使えますし。お風呂も広くなりますよ?しかも、コクーン付きです」
「てゆーてもなあ……」
十文字は、隣でニコニコしている瞳に目を向ける。
「モンジせんぱい。これからひとつ屋根の下ですね? よろしくお願いします」
「紗理奈の部屋ここがいいー!」
紗理奈は紗理奈で喜んで、空き部屋のひとつが気に入ったらしく、部屋の中を歩き回っては、何処に何を置くか考えている様子だ。
瞳はパタパタと紗理奈の声に、どーしたのー、と釣られていく。
――きっと、DIYの工作機械でも
置こうって思ってんだろうな。
蒔田公園脇のマンションの一戸。
元々は、姫乃が使っていたものを、十文字が借りれることになった。
黄金町のアパートに住んでいた瞳も引き払って同居する。
臨月の詩織も、出産が終わったら合流する予定らしい。
橿原によると、NSAの管理上、保護対象はひとつところに集中させるべし、との方針があるらしい。
「先日の騒動を受けて、NSAも、いろいろ体制強化しなけりゃならないんで、管理保護の最適化ってやつですよ」
「『アカホヤの灯』の密着取材って名目で、大森さんところと高田研究室にウェットロイドを張り付けたのは知ってるが、他は何を強化したんだ?」
それはですね、と橿原は指を立てて解説を始める。
「重点地域の横浜と札幌、それから小樽にはNSAが働き掛けて、市庁舎や行政サービス施設、
「張紫水とメイリー・チャンの動向はどうなんだ?」
そこなんですよ、と橿原は肩を落とす。
「2人とも、とんと動きが無いというか、消えてしまったんですよ。こちら側の正体に気付いているかどうかは解りませんが、少なくとも用心深くなったのでしょうね。顔認証をすり抜けるために整形でもしたのかもしれません」
「この前の騒動の時、
あーお風呂大きい、と風呂場から割り込む黄色い声に、ため息を吐く十文字。
軽く肩を
「NSAは、それも織り込み済みです。我々の予測では、遅かれ早かれ無効化ギアや赤外線カメラなどは対策されると見ています。そして、今後は、民間の企業経営者が広く狙われる可能性が高いと考えています」
「
「それはそうですが、こちらも守りを固めたので、先方としても守りの薄い方に攻めてくるだろうという予測です。軍事技術、海洋資源利権、神経電子接続技術、こうした分野は、先輩流に言えば、ホトトギスとしての魅力を失ったということですね」
――残るのは、金か。
「それで、民間の企業経営者が狙われるというのは?」
「資産家を狙っても、数億から数十億が一度きり。企業はそれが毎年ですし、規模も桁が大きくなりますからね」
「企業経営者なんて数が多くて全部はマーク出来ないだろ?」
「はい。こちらとしても完全な予防は困難だと考えています。なので、当面は、同族経営を中心にマークしていく方針です」
「そりゃまた、なんで?」
「NSAの予測では、単純な金銭や財産の窃取ではなく、EXVを使った、より高度化した企業乗っ取りや買収などの方向性が考えられています。その際、サラリーマン社長の大会社の場合は、より大勢すり替える必要があるし、株主総会という不確定要素もある。それに比べ同族経営は、より少ないすり替えで済みますからね」
「なんか、お前まで考え方が悪魔的になってねえか?」
十文字は、ダイニングテーブルで頬杖を突いて、橿原にじと目を向ける。
「いえ、これはNSAの、というよりヒコボシの予測ですけどね。それに、同族経営の場合は、例えウェット化されても、AIを書き換えることで被害を防げる可能性が高いわけです。その可能性をより高めるためには、経営者の子弟を守ることが重要になります」
「子供のウェット化を防ぐってことか?」
「ウェット化する可能性は親の方が高いでしょうね。成長過程の子供をウェット化するのは非効率ですから。むしろ、子供達を親のウェット化を疑うバロメーターにするんです」
ふと、黄色い声に十文字が目を向けると、瞳と紗理奈が、ひとつひとつ部屋を見て回りながら、あーでもないこーでもないと家具のレイアウトを話し合っている。
「瞳さんも紗理奈ちゃんも、Ver2.0の時よりも、ずいぶん人間らしくなったと思いませんか?」
「確かに、言われてみると、そうかもな」
ピアノ教室で見た紗理奈の印象を思い出す十文字。
――大人しい、というより表情が薄い。
そんな感じだったな。
「現在のところVer2.0の感情表現力は、VER3.0に比べると著しく低いことが解っています。ですので、親がウェット化した場合、家庭環境が悪化する可能性が高くなります。もちろんDVが無くなるとか逆もあり得ますけど。ですが、放ったらかしにされる可能性が高くなるのは確かです」
「反吐の出そうな無関心……、か」
そう呟いて、表情を歪める十文字。
「そうです。そこで、その対策の一環として、『木漏れ日の泉』にフリースクールを運営させるって話があって、先輩にも協力してもらえないかって思ってるんですが、いかがでしょう?」
「フリースクール?」
そうです、と、これまで静かに聞いていた保奈美が十文字に切実な目を向ける。
「不登校だったり、鍵っ子だったり、親が充分にケア出来ない母子家庭などの環境の子供達の面倒を見る施設です。親がウェット化した場合、このような子供がもっと増えることになりますから、その受け皿でもあります。そして、さらに不幸なウェットロイドを増やさないための防波堤でもあるんです」
「防波堤?」
「はい。瞳さんにしても紗理奈ちゃんにしても、身寄りのない少年少女は、連中のターゲットにされ易いですもの……。例え血が繋がっていなくても、居場所を、帰る場所を、家族を作ってあげるのが、一番の予防策だと思うんです」
どうですか? と保奈美は十文字を見詰めてくる。
――どうにも、保奈美さんのこの顔には
弱いんだよな。
「まあ、それもNSAの仕事のうちなんですよね?」
「一応は、ボランティアって形なので、お金は出せませんが、ここの家賃免除とバーターってわけにはいきませんか?」
少し困り顔の保奈美にそう言われると、ノーとは言えない十文字。
「わかりましたよ」
と、せめてもの抵抗で、渋々という表情を作る。
「それでは、これからご案内したいと思うのですが……」
――タダほど高いものは無いって、
こういうことを言うんだろうな?
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