第46話 もしもし、紗理奈ちゃん?


 その施設は、蒔田から地下鉄で行き来が出来る上大岡という街にあった。

 低層マンションの一戸。

 保奈美によると、伊崎海洋開発が購入して貸してくれているらしい。


 中に入ると、1人のウェットロイドが出迎えた。

 前回の騒動で瞳に無効化された猪俣好美である。既にバージョンアップと換装が施されており、痛ましかった火傷の跡は欠片も無い。


「今日は、どうもわざわざありがとうございます」

 そう言って、にこやかな笑顔を見せる好美。

 

 リビングには、少し広めのダイニングテーブルが置かれ、小学生の子が3人と中学生らしき少女が、お絵描きや宿題に向かっている。

 1人の小学生の女の子には、中学生らしき少女が勉強を教えているようだ。

 こちらに気付いて、保奈美ちゃんだー、と保奈美に手を振る子供達。保奈美も笑顔で手を振り返している。


「教えているあの子も、ここの子なんですよ」

 好美が中学生らしき少女を差す。

 保奈美が、道々、十文字に話した内容によれば、『木漏れ日の泉』の保護対象は、未成年全般で、年上の子が年下の子の面倒を見るという大家族的なコミュニティを作ることを狙っているとのこと。


 『例え血が繋がっていなくても、居場所

  を、帰る場所を、家族を作ってあげる

  のが一番の予防策だと思うんです』


 少し照れながらもそう語る、保奈美の慈しみを湛えた笑顔を思い起こす十文字。

 

 ちょっとみんなに紹介しますね、と言って好美は、パンパンと手を叩いた。

「ちょっとみんなー、新しいお友達を紹介するから、聞いてくれるー」


 ――お友達?


 並んで立たされる十文字達。

 瞳と紗理奈が笑顔のなか、居心地悪いという顔の十文字。


 保奈美と好美の視線が、十文字に向けられる。

「みんなこんにちは。おじさんは十文字景隆、と言います」

「モジモジだよー」

 と、紗理奈が十文字を手で指して十文字の自己紹介を上書きする。


 ――もしもし、紗理奈ちゃん?


「杉浦瞳でーす」

 小さく手を振る瞳。

「十文字紗理奈。中3だよー」

 と大きく手を振る紗理奈。


 好美は、中学生の女の子のところに寄って行って小さく屈むと、小声で何か囁く。

「葛原香苗、中学3年生です」

 香苗は、椅子から立ち上がって頭を下げる。

 

 保奈美が十文字に耳打ち。

「あの子は、先月左の義足の手術をした子ですわ」

「え? じゃあ倉持さんが担当した女の子って、あの子なの?」

 頷く保奈美。


 好美は、他の小学生の後ろに立って、同じように背中を押す。

「香月悠馬です。小学校5年生です」

「加賀美くるみ……です。えと、3年生です」

「きじまゆうこ」


「ゆうこちゃんは、小学校1年生なんだよね?」

 うん、と頷くゆうこちゃん。


 はい、みんなちゃんと挨拶出来たねー、と軽く拍手をする好美。


「あー、ピアノがある」

 紗理奈がエレピを見付けて駆け寄り、保奈美を振り返る。

「紗理奈が弾いてもいいの?」

 保奈美が優しく頷く。


 ♪『知恵の泉のイビト』 ※1


 紗理奈が弾いたのは、以前ピアノ教室で保奈美が披露した絵本の曲だ。

 わーすごーい、と子供達が集まっていく。


 知識や技能を共有するウェットロイドだから、当たり前とはいえ、ピアノ教室ではドレミファソラシドくらいしか弾いてなかった紗理奈が、驚異的に進化した現実を目の当たりにして、十文字は唖然とするばかり。


 ――まったく、とんでもねえな。


「えー、そうなのー? 香苗ちゃん同じ高校なのー」

 嬉しそうに声を上げる紗理奈。


 来春から、紗理奈は私立横浜大学付属高校に通うことになっていた。

 だが問題は、入学試験でトップを取ってしまったことだ。


「これから、どうなるんだろ……」


※1 曲のイメージは『知恵の泉のイビト』のweb動画でご確認いただけます。

近況ノートはこちら↓

https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212605011654

 


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