第44話 確かに……。雷撃拳いいかも?
「モンジせんぱい、行きますよ」
助手席の瞳が、ヘッドギアとグローブを付けて飛び出して行く。
走る背中のバックパックからは、小型ドローンが放たれる。
十文字が車を降りて前を見ると、50メートル程先に、
そして、熱田夫妻の車に、ワゴンから降りて駆け寄る2人の男。
そこに軽から降りた1人の女が歩み寄っていく。
「やべ」
十文字は、前の車の運転席に駆け寄ると、トントンと窓を叩いてウインドウを開けさせる。
「おいあんた。下向いて伏せてろ。警察が来るまで動くんじゃねえぞ!」
十文字は、そう言うと、瞳を追い掛けた。
熱田夫妻の車に取り付いた男達は、物も言わずに、手に持ったモンキースパナでフロントガラスと運転席のガラスを割り始めた。
熱田夫妻の子守役のソフトロイド、知佳が後部座席から降りて、バックパックから小型ドローンを飛ばし、右手のレーザーで男達を攪乱する。
右手は目を狙い、小型ドローンは男達の延髄を狙う戦術である。
ウェットロイドは、痛覚があまり無いため、多少レーザーで焼いた程度では動きを止めることが出来ないが、延髄の薄膜信号網に傷を付けられれば、動きを鈍らせ、あわよくば完全に止められる。
男達は、知佳の放つレーザーを両手でガードしながらも、ガラスを割るのを止めない。フロントガラスの半分は白いひび割れが覆い、運転席の窓も半分ほど割られている。
熱田夫妻は、その間、じっと頭を抱えて伏せていた。
後ろに立つ女は、駆けてくる瞳を見て、腰の警棒とナイフを手に立ちはだかる。
瞳は、女の正面に小型ドローンを飛ばし、レーザーで目を狙い、視界を塞ぐように飛ばしながら、距離を詰めていく。
そして、左目を焼いて視界を奪うと、女の右側から足元に滑り込み、背後から延髄目掛けて左フックを打ち込みながら左手のスタンガンを放った。
運転席の窓を割っていた男がこれに気付き、左腰のナイフを抜くと、瞳の心臓を狙って後ろから迫る。
振り返りざま、瞳は男のナイフを左手で掴み、内側に捻りながら体を入れ替えると熱田の車の側面にドンと押さえ付け、右手で肩を押さえる。
動きの止まった男の延髄を、小型ドローンが最大出力のレーザーで焼き切った。
どすりと崩れ落ちる男。
フロントガラスを割っていた男が、瞳に向き直ったところで、ようやく追い付いた十文字が、赤い軽自動車を跳び箱のように飛び越え、さらに熱田の車のルーフ上を滑りながら、男の目をレーザーで狙う。
右目を焼くのに成功したところで、瞳が身を沈め、左の正拳突きを男の鳩尾に放った。バチっという音とともに、男は膝から崩れ落ちる。
ぐらりと倒れる男を抱えながら、瞳は男の左耳に無効化ギアを差し込んだ。
十文字が車のルーフから降りた時には、瞳は2人目の無効化も終えていた。
女の方は、裏から回り込んだ知佳が無効化を済ませた。
瞳は、車の中の熱田夫妻に声を掛ける。
「熱田さん。終わりましたよ。もう大丈夫です。怪我は無いですか?」
「はあ。どうやら大丈夫みたいです」
「それは良かった。私達後片付けがあるので、もう少し、そのまま待ってて貰っても
いいですか?」
そう言うと、黒いワゴンの後部扉を開けて、十文字を見る。
「モンジせんぱーい。その人達、こっちに運んで貰っていいですか?」
「え? 俺1人でかよ?」
スタスタと戻ってくる瞳。
「もう、しょうがないですね」
じゃ、先輩は足持って下さい、と、3人をワゴンに乗せ終えた瞳は、そのまま車内でバックパックから携帯型AIドックを取り出し、3人のAIを書き換えていく。
十文字が車の事故現場を振り返ると、パトカーの横で、橿原と保奈美が後続の車を停めて、交通規制をしているところだった。
AIの書き換えが終わった3人のウェットロイド達は、それぞれの車に乗って動き出す。行先はNSAのラボだ。
十文字達の事故車は道の左側に寄せられ、交通規制が解除された。
レッカー車待ちの十文字達と熱田夫妻。
「そう言えば、熱田さん、左足を切断した女子中学生の話って、倉持さんから聞きました?」
「ええ、手術は2週間後ですよ。割とシンプルなケースなので、接合ユニットも幅を取らずに済みました。ですので、物自体はもう出来ちゃってるそうです」
「そうですか。大森先生も、また良い事例が出来て喜んでるでしょうね」
「そうですね。大森先生のところは、ちょいちょい引き合いが増えているらしくてソフトロイドを増やして対応しているみたいですが、私のところは、そうも行かず、ボトルネックになってしまってて。心苦しいところです」
「まあでも、引き合いが増えててよかったです」
しばらくするとレッカー車が来て、熱田夫妻の車を運んでいく。
熱田夫妻は、橿原と保奈美が家まで送ることになった。
先輩、お疲れ様でした、と橿原は助手席側に身を乗り出して言うと、エンジンを掛ける。後部座席には、頭を下げる熱田夫妻。
手を振って見送っていた瞳は十文字を振り返る。
「さて、こっちは終わりましたね……。ところでモンジ先輩、私達どうやって帰るんですか?」
「俺のクロスエッジ、鼻先を潰されちまったけど、まだ動くだろう」
急ブレーキの運転手は、警察の聴取を終えてとうに消えていた。
残されたのは十文字のクロスエッジだけだ。
車に向かいながら、瞳に気になっていた疑問をぶつける。
「ところで、瞳ちゃん、さっきの技、あれ何?」
「技って?」
「あの正拳突きっぽいやつ」
「ああ、あれ。正拳突きにスタンガンを加えたものです。雷撃拳とでも言いますか。モンジせんぱいも、左手はカメラなんかやめて、スタンガンにしたらどうですか?」
――確かに……。雷撃拳いいかも?
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