第40話 これって、流出したウェットロイドが仕掛けた話なのか?


 久里浜の重松家のリビング。

 

「メロディ、久し振りー!」

 紗理奈がソフトロイドのメロディに飛び付いていく。

「お正月振りなのにね? ふふっ」

 と、沙織が昼食の小皿をランチョンマットにセットしながら笑う。


「どうぞ、好きに座って。――今日は紗理奈と瞳ちゃんもいるから、勝手に取り分けるスタイルにしたの」


 テーブルの上には、赤黄緑の鮮やかなサラダボウル、こんもりと盛り上がったミートボール、鶏もも肉の揚げ焼きや網目状に焼き色を付けた牛ステーキが切り分けられているほか、漬物や酢の物の小皿も添えられている。

 ランチョンマットの上にはミネストローネのカップスープ、フォークとナイフ、水のグラスが整えられていた。


「じゃあ、いただきまーす。みんな好きに取って食べてね?」


 いただきまーす、と紗理奈と瞳も声を合わせて義兄の英輔に笑顔を向ける。


 紗理奈は、そう言えばさー、と世間話をするかのような調子で、水素発電の技術的な質問をぶつけて、英輔の苦笑を誘っている。しかし、紗理奈の質問が技術者魂を刺激したのか、子供相手に大人気ないくらいに熱く語り始める英輔。


 ――どう見ても、中3の女の子がする話

   題じゃねえよなあ?


「はあ……」

「どうしたのモジモジ?」

「紗理奈は、いつもこんななんですよ。クリスマスも正月も、せっかく女の子らしく楽しんで貰おうと思ったのに、中3にして、理系女子まっしぐらなんです」

「紗理奈ちゃんのAIは、もう大人なんだから、それは仕方ない事でしょう?」

「まあ、そうなんですけど……。父親らしいこともしたいんですよね」

「世間並みの父親を味わってみたいと?」

「まあ、そうです」

「そんなの、詩織と子供を作れば、いくらでも味わえるわよ」

義姉ねえさん?」

「まだ、踏ん切り付かないの?」

「まあ」


 ふぅっと息をついて、沙織は真剣な眼差しを十文字に向けて言った。

「来月末、私達が帰って来るまでに考えといてくれないかな?」


 ――どうしたんだ義姉さん。

   いきなりシリアスモード?


「私と英輔は、ちょっと遠くに出張することに決まったの」

「何処へ?」

「太平洋のど真ん中」

「?」

「3月に、海上自衛隊の大規模な軍事演習があるの。そこにうちのプロジェクトも組み込まれててね」

「ああ、あの超高高度気球型ドローンですか?」

「そう、『エアリング』って言うのよ。形はポンデなんとかってドーナツみたいな形なんだけどね」

「演習に参加するんですか?」

「うぅうん。私達は準備するだけ、オペレーションは海上自衛隊の人達なんだけど、1度に4機も飛ばして、海上自衛隊の防衛システムと連携するなんて、初めてのことだから、1ヵ月くらい調整することになったのよ。でも……」


 言い淀む沙織。

「何か気になることでも?」

「ユ連がきな臭いのよ」

「ユーラシア共和国連邦がですか?」

「そう。大規模な海洋開発船が作られている話は知ってる?」

「いえ」

「海底の泥を汲み上げてレアメタルを採取する船らしいんだけどね。空母級の船を4隻横に繋げた真ん中に、汲み上げ用の高い櫓が建っているプラント船なんだけど、船なんかじゃなくて、もう浮島なのよ。姫乃さんの情報では、戦闘機、戦闘ヘリ、対潜哨戒機、対空対艦対地の各種ミサイル装備、移動式弾道ミサイル、とかとか、軍艦並みの装備らしいんだけど、それと空母打撃軍との共同演習を行う準備がされているらしいのよ」

「それが、3月なんですか?」

「と、予想されているんだけど、もし早まることになったら、ちょうど私達が向こうにいる頃と被っちゃうから」


「話が繋がらないんですけど?」

「私達が出張に行くところが、ちょうど、そのユ連の大規模演習のターゲットという可能性があるのよ」

「太平洋のど真ん中に、ですか?」

「国家機密レベルの話だから大っぴらにはなってないんだけど。伊崎海洋開発は、太平洋のど真ん中に、海底資源採掘用の浮島を作ってしまったの」


「その存在を、ユ連が知ってるって言うんですか?」

「米軍には知られてるみたいだからね。どこかから漏れててもおかしくないわ」

「それで潰しに来るってことですか?」

「あくまで可能性だけどね。先方としては、太平洋のど真ん中にぽっかり空いたEEZの谷間にミサイルを撃ち込んで何が悪い? ということなんでしょうけど。抗議するには、浮島の存在を世界に公表する必要がある。だけど、政府は、今はその時ではないって思ってるみたいなの」


「つまり、ユ連に演習をやらせておいて、こっちが勝手に防ぐ分には、向こうも文句言えないだろう、と?」


「そう、そのための守りの要が、『エアリング』なのよ。半径約600キロのレーダー射程を持つこのドローンは、4機を、2x2ツーバイツーで連携すれば、縦横1,700キロのレーダー射程が得られることになるの。軍事衛星のカバー出来ない太平洋の海の上でマッハ10のミサイルを8分前に捕捉出来るのよ。イージス艦と巡洋艦のミサイルや潜水艦のSLBM、それに『エアリング』のレーザー、だけじゃ足りなくて、浮島には、さらに射程500キロの高出力レーザーを4基設置することになったの」


 ――これって、流出したウェットロイド

   が仕掛けた話なのか?


 ふと黙り込んだ十文字に、沙織は優しい目を向けた。

「だからね。もし万一私達が巻き込まれることになったら、モジモジには詩織と一緒に、生まれてくる赤ちゃんの面倒を見て欲しいのよ」


「義姉さん……」

「ま、まあ、万一の時の話だから……」


 そう言って、シリアス顔を吹き飛ばすと、

「あ、モジモジ、ステーキまだ食べてないでしょ? 今日のお肉はA4の和牛だよ。食べて食べて?」

 と、皿から取り分けると、十文字の小皿に乗せて、えへへっと笑った。



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