第39話 さっき? 奈美さん、リアルタイムで聞いてたってこと?


 熱田にぎた夫妻熱田夫妻はソフトロイドの知佳を連れて、三浦海岸の自宅と横須賀の病院の間を車で移動していた。十文字はこれを追走する形で警護する。

 十文字の車では、知佳の目を通して瞳が警戒しているが、今までのところ問題は無い。


 成人の日。『にぎた脳神経外科医院』は休診日。

 通勤の警護は休みだが、久里浜の重松夫妻、金沢文庫の高田研究室など、何かあれば駆けつけられるよう、パトロールすることになっている。

 ちょうど、出掛けようかという時に、ご飯でも食べようと沙織から連絡があり、学校が休みの紗理奈を連れて出ることになった十文字。


 せっかくですから、途中、倉持医師のところに寄りませんか、という瞳の提案で、十文字は、私立横浜大学病院に立ち寄っていた。


「その節はどうもお世話になりました。今日も、急にお時間を頂くことになってすいません」

「いいんですよ。『アカホヤの灯』でBODYCOMを紹介していた動画、見ましたよ。僕も十文字さんに突っ込んだ話を聞こうかと思っていたところでした……。今日は、かわいらしいスタッフを連れてらっしゃるんですね?」


 紗理奈がペコリとお辞儀をする。

「十文字紗理奈です。こんにちは」

「こんにちは。医師の倉持です。――十文字さんにお子さんがいらっしゃったとは」

「まあ、里親ですけど。この子とは、『木漏れ日の泉』という、身寄りのない子供や虐待を受けている子供を支援するボランティア団体の紹介でして」


「それは素晴らしいですね。――ところで、今日はどのようなご用向きで?」


「正に、BODYCOMの件です。あの動画で紹介されていた事例は、実は、熱田実にぎたみのりさんなんです」


「え、そうだったんですか。道理で。似た事例があるもんだと思ってたのですが、なるほど……、で、実さんの義足の具合はどうなんですか?」

「走ったりは出来ませんが、普段の生活には問題無いそうです。お風呂にもそのまま入れるので助かっているとおっしゃってました」

「そうですか。それは良かった……」


 倉持医師は、腕を組んで、少し前のめりになって続ける。

「それで、動画ではBODYCOMには重力や抵抗のフィードバック機能があるって話でしたが、その辺、実際どうなんですか?」


「また聞きですけど、階段の上り下りの重力の抵抗だとかは問題無いそうです。足裏の感覚は、厚手の靴下を何枚も履いている感じはするけど、何かを踏みつけたってくらいは解らるらしいですね」


 それは凄いな、と顎に手を当てて軽い思案顔の倉持医師。

「十文字さん。実は、最近、事故で左足を失った女の子がいるんですが、その事故の損害保険の会社から、BODYCOMを付けてみないかって言われてるんですよ。来週には、北海道立医科大学の大森先生もいらして頂くことになってまして」


「――その保険会社、もしかしてEXVエグゼブですか?」

 「はい。本当に至れり尽くせりですよね。1パーツ数百万って義足までカバーするなんて。その女の子の家は生活保護を受けている母子家庭で、自前では到底、こんな最先端の義足なんて付けられないところです。中学3年って言ってたかな。丁度その子と同じぐらいの年頃でしょう。これからの人生を思うと気の毒だなあと思ってたところだったんです……。いやあ、お話が聞けて良かった」


「今のところ、義足と神経を接続する手術は、実さんのご主人の熱田徹さんしかやってないそうなので、使い心地や注意事項などの詳しい話は、実さんからリアルな話が聞けると思います」


「そうですか。早速聞いてみます」

「ああ、今日は休診日なので、明日以降がよろしいと思いますよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 まるで大きな希望を見出したかのような明るい表情の倉持医師に別れを告げて、十文字達は、私立横浜大学病院を後にした。


 ――またかよ。

   羊の皮を被った狼っていうか。

   素直に喜べないんだよな。

   それにしても、EXVはもうBOD

   YCOMに目を付けたのか?


「技術ってのは、否応なく漏れていくもんなのかもな」

 十文字の口から、力の無い呟きが漏れる。


 その呟きに、紗理奈が事も無げにサラリと乗っかってきた。

「それ、さっきハカセも同じこと言ってたよ」


 ――さっき? 奈美さん、リアルタイム

   で聞いてたってこと?



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