第38話 なんか、ちょっとした国際スパイ映画みてえな展開になってねえか?


「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 NSAオフィス3階のリビング。

 橿原と保奈美、十文字と瞳が、ディスプレイに向かって揃って頭を下げる。


 「明けましておめでとう、モジモジさん。――先に紹介しとくわね。こちらの女性はヒメノちゃん。コーリンと同様、あたしのウェットロイドで、NSAの職員じゃなくて伊崎海洋開発の社員なんだけど、今回ヘルプをお願いしたの」

 姫乃が軽い調子で口火を切る。左には敬礼を飛ばす鈴、そして右には軽く頭を下げるヒメノ。


「よろしくお願いします。モジモジさん」

 二コリと頭を下げるヒメノに、十文字も会釈を返す。


 ――なるほど。髪型も眉毛の形も化粧も

   違うけど、言われてみれば3人とも

   似てると言えば似てるかも。


「ところで、お正月はちゃんと休めたの?」

「最近は、いつこっちの仕事が入るか解らないから、普通の仕事はあまり受けないようにしてんだがな、お陰様で、休むって言うより暇だったよ」

「まあ、こっちの仕事してると、普通の浮気調査なんて馬鹿馬鹿しくなるわよね。暇を持て余してたのなら丁度良かったわ。今日は仕事の話よ」

「新年早々、ありがとうございます」


 やや斜に構えて仰々しく礼を述べる十文字に、ふっ、相変わらずね、と小さく肩をすくめつつ姫乃は続ける。

「今月2日、札幌からユ連に出国したウェットロイドが確認されたの。パスポート上は荻野雄一60歳、札幌市在住の無職。だけど、顔認証では90%以上の確立で、アレクセイ・ヴォルコフというユ連人よ」

「はあ」

 ユーラシア共和国連邦がどうかしたのか? という表情の十文字。


「アレクセイ・ヴォルコフという人物は、ユ連※1の情報局局長。情報局というのは米国で言えばCIAみたいな諜報機関のことよ。そして、その同じ日に華連の元諜報員が小樽で確認されたの……。華連でウェットロイドを製造していた人物よ」


 画面が切り替わり、EXVエグゼブ社を出入りする女性が映る。

「張紫水。4年前に死んだと思われていた人物よ」

 30代後半と思われる化粧の濃い女性である。


「おそらく……、だけど。この人物が華南や米国にウェットロイド技術を漏らした可能性が高いわ」


「本丸じゃねえか。捕まえて何とか出来ないのか?」

「どういう容疑で捕まえるの? 殺人? それとも拉致? 戸籍上はみなちゃんと存在してるのよ? 何らかの証拠を手に入れたとしても、とても使い物になるとは思えないわ……。それ以前に、ウェットロイド製造の証拠が手に入ったとしても、世に出せると思う?」


 黙り込む十文字。


「――それと、もう1人」


 画面が分割されさらに1人の女性が映される。

「あれ? この女性、どこかで……」


「米テキサス州立大学ドナルド・ハーパー研究所の元職員。7年前に失踪したと言われるメイリー・チャン。大森教授の元妻で、メイリー型ウェットロイドの生みの親。今月3日、横浜のEXV前で確認されたの」


 ――生身の人間の脳をAIに挿げ替えた

   っていう、ヤバいやつじゃねえか。


「なんか、大物だらけじゃねえのか?」

「これまで、ウェットロイドに指示を出していたエリザベス・ウォーターは、このどちらか、あるいは、ふたりとも、という可能性が高いと思うの」


「で、張紫水もメイリーも捕まえられない……、と」

「そうよ。あたしは、この2人は姉妹じゃないかと睨んでるの。張紫水には張美麗という姉がいたことが解ってるの。張美麗、英語表記はメイリー・チャンなのよ」


 珍しく、難しい顔をする姫乃。

「メイリーは、7年前に米国から消えた後、名を変えて虹港に現れたことが判ってるわ。2人が姉妹だったら辻褄が合う」


「で、この2人、今は何て名前なんだ?」

「張紫水は、水沢紫音。メイリーは鳥栖麗美。それぞれ札幌と横浜に住所があるけど、おそらく、どちらも身寄りのない元風俗嬢」


 ――こいつらは、きっと平然と、戸籍の

   ために命を奪うんだろうな。


「で、そいつらが、今になって動き出したのは何故なんだ?」

「おそらく、もうずっと前から動いてたんだと思うの。少なくとも張紫水は。EXVが日本に進出してきた時からかもしれない」

「じゃあなんで?」

「ヒコボシが使う監視カメラの映像は顔認証の精度があまり高くないんだけど、最近EXV周辺の監視は、テレスコープを使ったウェットロイドがやってるから、ぐんと精度が上がって、ようやく発見に至ったというところかしら……」


 いつの間にか、姫乃の表情が、難しい、から暗いに変わっている。


「なあ、姫乃さん……。どっちかと因縁でもあんのか?」

「ふっ……。モジモジさん、そういうところは、さすが浮気専門探偵って感じよね」


 ふう、とひつ息を吐いて、姫乃は語り出す。

「お姉さま……張紫水とは、10年前からしばらく華連の宣伝部で一緒に仕事をした仲間だったの。彼女もスパイのノウハウをたっぷり叩きこまれているのよ」


 ――も? って、姫乃さんもってこと?

 

「モンジ先輩。それ以上は突っ込まないで頂けませんか?」


 掘り下げたい衝動で、口を開きかけた十文字だが、すかさず橿原が制止の手を上げた。その切実な表情は、心底止めて欲しいと言っている顔だ。


 ――こいつがこういう顔をするって、

   どんだけ重い事情なんだよ?


「すまん。変なこと聞いて悪かったな……。それで、仕事の話だが……」


 そうね、と悲痛ながらも決意を秘めた表情でカメラを向く姫乃。

「華連でサポロイド型ウェットロイドを広めた張紫水とメイリー型ウェットロイドの生みの親のメイリー。この2人がEXVの日本進出の中心にいるのならば、技術を盗みに来るか、潰しに来る可能性が高まったと思うの。だから、こちらは、一層守りを固める必要があるわけ」


 画面が切り替わり、札幌、横浜それぞれの重点保護対象が映される。

 札幌は、大森研究室と大森茂樹の実家、横浜は、熱田夫妻と高田研究室。


「札幌は、みどり、シャーリー、赤鉄、青鉄の4人とメイリーが2人。基本は赤鉄が実家、青鉄が事務所。横浜は、橿原さん、保奈美、モジモジさん、瞳、その4人が、熱田夫妻。熱田夫妻には知佳ってソフトロイドも付いてるわ。それから、ヒメノちゃんと黄鉄は高田研究室」


「どのくらい張り付くんだ?」

 との十文字の問いに肩をすくめる姫乃。

「基本的には、職場との往復に付いて回る感じで、張り付きじゃないけど、期間は見えないわ。大森さん家族にも熱田夫妻にもソフトロイドが付いてて、状況は随時確認出来るから、トイレくらいは自由に行けるわよ、多分」


 少し冗談が言えるようになったことにほっとしつつ、わざとらしい苦笑で返す十文字。ふと思いついて手を上げる。


「ユ連に飛んだウェットロイドはどうすんだ?」

「米NSAのメンバーがユ連で動いてくれることになってるわ。その人もウェットロイドよ。――他にない? 無ければ以上よ。みんなよろしくお願いね」


「なんか、すげくないか? 姫乃さん」

 消えた画面を指さして橿原に驚いた顔を向ける十文字。


「実際、すごいんですよ、姫乃さんは。なんせ華連の国家主席と仲良しですから」

「えーー!! なにそれ!」


 ――なんか、ちょっとした国際スパイ映

   画みてえな展開になってねえか?




※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓

https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534



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