第3章 サイボーグの夢
第30話 え? まさかの、相部屋?
十文字の札幌への旅は陸路一択だった。
十文字の両手のグローブと安全靴が飛行機の金属チェックをパス出来ないからだ。
日がな一日移動に費やす旅。
十文字は、この移動時間の大半を、タブレットを片手に、大森茂雄教授に関する情報を予習しながら過ごした。
そうは言っても、隣に座る瞳が、タブレットを通して、ヒコボシの情報網や奈美の知識などを、懇切丁寧なコンシェルジュよろしくナビゲートするという、至れり尽くせりの研修である。
大森茂雄とその元妻、メイリー・チャンは、米テキサス州立大学ドナルド・ハーパー研究室の同僚だったが、7年前、娘のアンジェラが3歳の時、メイリーが突然失踪したらしい。
メイリーも神経電子接続技術の研究者で、大森が神経から電子への接続技術を研究していたのに対し、メイリーは電子から神経への接続を研究していた。メイリーは失踪後、アンドロイドの研究を続けていたとみられ、彼女が作ったと思われるウェットロイドの存在が確認されているという。
奈美が作ったウェットロイドがサポロイド型と呼ばれる一方、メイリーの技術で作られるウェットロイドはメイリー型と区別された。
両者の違いは、神経細胞の電子接続の有無である。
サポロイド型が神経細胞とのやり取りを全く行わないのに対し、メイリー型は全てを神経細胞の電子接続で行う。
故に、サポロイド型は、味覚・嗅覚・触覚のほとんどを電子的なセンサーに依存している。
メイリー型は、生身の眼球を使っているため、赤外線カメラによるウェットチェックでは検知出来ないが、電波遮断により停止することが知られているという。
厄介な存在だが、NSAによれば、現時点では組織的な浸透工作で運用されている節は見られないらしい。
* * *
10月も半ばともなると、深まった秋の装いに包まれる北海道。
十文字と瞳が札幌に着いた時には、既に日は暮れていた。
「モンジせんぱい。行きますよ」
ビジネスホテルのロビー。
瞳がチェックインを済ませ、スタスタとエレベーターへ向かう。
「俺の部屋のカードキーは?」
「は? 何言ってるんですか、同じ部屋ですよ」
エレベーターに乗り、階数ボタンを押しながら、瞳は、さも当然という顔。
――え? まさかの、相部屋?
「え? なんで?」
「もちろん、予算の都合ですけど、それが何か?」
部屋のドアを開けて、振り返る瞳。
「何してるんですか? 早く入ってください」
瞳が予約した部屋はツインだった。
「なあ、ほんとに一緒に寝るのか?」
「一緒には寝ませんよ? ツインですから」
「てゆーてもなあ……」
荷物を置いた瞳は、腰に手を当て、怪訝な顔で十文字を見る。
「もしかして、エッチなこと想像してます? モンジせんぱいがどうしてもしたい、って言うなら、私は別に構いませんけど」
「え、マジ?」
「詩織さんや紗理奈ちゃんにも筒抜けですよ? 全部。それでも良ければですけど。でも、避妊はしてくださいね?」
「何とも色気の欠片もないお言葉……」
瞳が言う全部というのは嘘では無い。瞳が見た十文字の下半身の形状も、性能も、プレイスタイルも、全てを筒抜けにするという宣言である。
瞳がブロードキャストを解除すれば秘密には出来るが、解除したらしたで、他のウェットロイド達には、2人が何かをしたことがバレバレになる。
以前、崎村良平に見せた映像が、十文字の脳裏に蘇った。
――さすがに、あいつと兄弟には
なりたくねえよな?
ふぅ、と踏ん切りの息を吐いて、十文字はキャリーバッグを置く。
「俺は晩飯食いに行くけど、瞳ちゃんはどうする?」
「私は大丈夫ですよー。明日は9時に大森さんの研究室を取材した後、11時にハニーロイドカフェ視察です。遅くまで遊び歩かないでくださいね? はいカードキー」
そう言って十文字にカードキーを渡す瞳。
――ウェットロイドは、脳が無い分、
食べ過ぎると太るって話だったな。
道中のレクチャーを思い出す十文字。
十文字は、ジンギスカンの看板を恨めしそうに眺めながら、牛丼チェーン店の暖簾を潜る。
せめてもの贅沢は、生卵のトッピングと豚汁変更だ。
「わざわざ北海道まで来て食うもんでもないけどな……。旨いけど」
小さく、自虐的に呟く十文字。
――彼女達に味覚があったら、
こういう食事を寂しく思う
もんなのかね?
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