第28話 ターゲットにとってのホトトギスを探せ


 翌日、NSAオフィスに呼ばれた十文字と瞳。

 NSAオフィスビルに入ると、いつもとは違う人物に出迎えられた。


「こんにちは、モジモジさん。しばらくぶりです」

 しゅたっ、と敬礼を飛ばしてきたのは伊崎鈴である。


「あ、確か、鈴さん。どうしてここへ?」

「まあまあ、推して知るべしってことで」


 いつものリビングに入ると、手前のソファの橿原と保奈美が立ち上がり、ディスプレイ正面のソファを指し示す。

「先輩、どうぞ真ん中に座ってください」


 正面奥のソファには、白衣の女性と、鈴と一緒にいた姫乃という女性が立ち上がる。

 

 ――この白衣の女性は?


 どこかで見たような顔だと思いつつ、はっと思い当たる十文字。


「千里眼のイザナミ!」

 

 くすっと笑った奈美は、初めましてモジモジさん。と返す。

 あたし達は、前に一度会ってるよね? と姫乃。


「失礼しました……。初めまして、十文字です」


 十文字は、軽く頭を下げて腰を下ろす。

 鈴は、奥のダイニングテーブルに腰掛けた。


 ――このメンツは、いったい?


「いろいろ動いてもらって助かるわ。モジモジさん。今日は、私から無理を言って橿原さんにセッティングしてもらったの」

 と、奈美は、軽いジャブ代わりに十文字をモジモジ呼びで労う。


「あの、すいません。どこからかバレてるんだろうとは思いますが、ちょっと副社長にモジモジと呼ばれるのは恥ずかしくてですね……」

 恐縮しながら、ささやかな抵抗を見せる十文字。


「ふふっ、そんな、モジモジしながら言われてもねえ。ま、いいわ。じゃあ、モンジ君でいいかしら? 私のことは奈美でいいわ。私も副社長って呼ばれるのは恥ずかしいもの。どう? モンジ君」

「わかり……ました。奈美さん」


 すぅっと息を吸って、さて、と切り出す奈美。

「ウェットロイドの技術は、7年前に私が生み出してしまったものだけど、いろいろごたごたした結果、今から3年前に、華連、華東、米国と日本の4ヵ国で密かに共有されることになったの。それで、それぞれが国家機密として管理するって約束になっているのだけど、どうやらそれ以外にも漏れていたらしいってことが、今年になって明らかになったの」


 初めて知る事実に驚く十文字。

「え、日本だけの国家機密じゃなかったんですか?」


 まあね、と肩をすくめる奈美。

「元々はサポロイドっていう華東のアンドロイド会社があって、そこから日本に持ち込んだものなのよ。だけど、華東から華連に漏れて、ちょっと日米同盟を巻き込むごたごたが起きてしまったもんだから、米国も巻き込んで、みんなで秘密を守ろうって話になってた筈なの」


「――ところが、どこからかそれが漏れていた」

 十文字は、頷きながら話を繋げる。


「そう。モンジ君が関わってきたウェットロイド達が、正にそれ。これまではNSAの検知網で、国内流入を警戒していれば良かったのだけど、国内に製造拠点を作られてしまうと、それでは検知出来なくなるの……。こんな時、モンジ君ならどうする?」


EXVエグゼブ社を捜査して、ウェットロイド生産拠点を取り押さえる……とか?」

 とは言ってみたものの、奈美の無反応を見て声を萎ませる十文字。


「確かに、現時点ではEXV社の関与する案件が多いのは確かだけど、頭脳がAIでボディが人間って、うちのやり方以外にも作り方があり得るのよ。それにウェットロイドを規制する法律があるわけじゃないから、大っぴらに警察権力を使うわけにもいかないわよね」


「とにかく見付けないことには対処出来ないわけだから、出来るだけ広く網を張って発生源を探す……みたいな?」


「大筋そうなんだけど、問題はリソースが限られる、という点ね。浮気調査するのに虱潰しで調べたりしないでしょ?」


 『いいこと? モジモジ。――ターゲットにとってのホトトギスを探すのよ!』


 十文字の脳裏に、詩織が指を立てながらドヤ顔で語ったセリフが蘇る。

「ターゲットにとってのホトトギスを探せ」


「ホトトギス?」

 ?を浮かべて顔を見合わせる奈美と姫乃。


「はい。俺の師匠が言っていた言葉です。相手にとって欲しいものは何か。嫉ましいもの、消えて欲しいものは何か。浮気調査では、それを見付けるのが大事だと」


「なるほど。鳴かせるか、殺すか、鳴くまで待つかってことね?」

 姫乃が得心した顔を十文字に向ける。


 ふっ、と奈美は笑みを浮かべる。

「確かに、よく言ったものね、じゃあ、例えばEXVにとってのホトトギスは何なのかしら?」


義姉ねえさん……重松沙織のケースではレーザー技術、熱田実にぎたみのりのケースでは、強化人間などのサイボーグにも転用可能な技術でした。紗理奈のケースでは遺産の乗っ取り。でも、瞳ちゃんのケースとか榎田議員のケースは……、ちょっとわかりません」


 まあ無理もないわね、と、奈美は十文字に苦笑いを向ける。


「瞳が関わった三崎造船の崎村常務はね、うちの海洋開発事業の擁護者なの。今、正に、うちでは太平洋のど真ん中に海洋資源開発拠点を浮かべるプロジェクトを進めているところだし、榎田議員は自由民政党の海上保安部会の会長で、海洋資源開発を推進する立場にある。つまり海洋資源利権ということ。それにあなたのお義姉さんの石立重工のプロジェクトは、レーザー技術だけじゃなくて、超高高度気球型ドローンの総合試験中なの。あなたも元自衛官なら、その戦術的意味は解るわよね」


 『他にも、軍事的な意味での国家安全保障に関わるプロジェクトに関わっておられ

  るので、その力も必要になる時が来るかもしれません』


 ――あの時、龍太郎が言っていたのは、

   このことだったのか!


 十文字は橿原を見るが、素知らぬ素振りで補足する橿原。

「通常の戦闘機では届かない、高度3万メートルの超高高度気球型ドローンです。軍事衛星の無いところでも自在に動けます。レーダーの索敵範囲は半径約600キロ。射程300キロの高出力レーザーによる攻撃も可能というシロモノです。完成すればとんでもない国家機密ですよ」


「つまり、EXVにとってのホトトギスは、金、海洋資源利権、軍事技術、ってことですか?」


「そういうこと」

 奈美は、満足気な笑みを見せた。


 ――それって、

   まんまスパイの行動目的

   そのものじゃねえのか?



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