第27話 もしかして、この仕事、博士がスポンサーなのか?
翌日、十文字が、
「ネットニュースの取材っていうからカメラマンとか連れてるのかと思いましたが違うんですね」
「取材のための取材といいますか、下調べなもので」
高田誠司教授は、いかにも人のよさそうな人物で、十文字と瞳をにこやかに迎え入れた。教授の部屋には、授業やプレゼンで使うのだろうか、説明用のパネルや模型が並んでいる。
狭っ苦しくてすいませんねえ、と言いながら、十文字達に席を勧める高田教授。
「それにしても、うちみたいなちっぽけな研究室の存在をどちらで聞いてこられたんです?」
「私どもの『アカホヤの灯』というチャンネルで、バイオと電子が繋ぐ我が国の未来というドキュメンタリーの企画があるのですが、ものになるかどうか、あちこち草の根取材をしているところなんです。それでいろいろ調べていた中で、『視神経と電子的映像認識』論文を見付けて、著者の熱田氏を訪ねたところ、熱田夫人がこちらの研究室のご出身と聞いて、こうしてお邪魔した次第です」
こちらの論文です、と十文字は論文の検索結果をスマホで示す。
高田教授は、身を乗り出して眼鏡を上げ、スマホの画面を覗き込む。
「ああ、確かに、神経細胞の培養に触れてた論文は読んだ気がします。ええっと著者が、ニギタさんっておっしゃってましたね。熱い田と書いてニギタ、ですか。で徹、ミノル?」
「あ、それミノリと読むんですよ。旧姓は八重樫さんと言うらしいです」
「八重樫ミノリ……、ブレインウィッチのガッシーか。確かにうちで働いてました。懐かしいなあ。もう16~7年前かなあ。そうかあ。この論文、彼女だったのか。道理で方向性が似ているわけだ。――今でも研究を続けてくれてるんだな、と思うと何だか嬉しくなりますね」
「ブレインウィッチ、ですか?」
「臓器培養の研究が多い中、彼女は、脳細胞や神経細胞の再生医療にのめり込んでてね。プラスチック成型とか半導体製造技術まで何処かで仕入れてきて、ブレインコネクトモジュールの概念を生み出したんですよ。それでブレインウィッチ……と、僕が名付けたんですけどね。ははは」
「それで、そのブレインコネクトモジュールって言うのは?」
高田教授は、後ろの模型を指さす。
「神経接続装置とでも言いますか、そこに飾ってあるのがその模型です」
30センチほどの立方体のアクリルの箱の中央上部に脳の模型があり、その下部から、無数にも見える繊維が四方に伸びている。
「あまり見た目は美しいものではありませんね」
十文字は、素直な感想を漏らす。
「その箱は、脳と神経の生命維持装置みたいなもので、脳に人工血管を通して酸素や糖分を補給しているんですが、箱の表面にはミクロの穴があって、そこで神経が電子接続されるんです。箱の外側は液晶パネルのような電子回路になっていて、接続された神経細胞の信号を電子的に把握出来るという構造です。あの細かな繊維を作るのに神経細胞の培養技術が必要になります」
「その技術は、実現しているのですか?」
「この模型を作った当時は、概念的なものでしたが、八重樫君がその後も研究を続けているのであれば、もしかしたら……」
「すいません。話が逸れてしまいましたね。本題の臓器培養の話に戻しましょう。臓器培養をするための基礎理論的なことからご教授頂けませんか?」
では、と高田教授は傍らに置いていたタブレットを取り、ディスプレイにスライドショーを映した。
「まずは、例えば、髪の毛とか唾液とかから、DNAを採取して、そこから幹細胞を作ります。幹細胞というのは最初の細胞、受精したばかりで分裂する前の細胞です。それに様々な条件を与えると幹細胞が自分の役割を認識します。自分が胃の細胞なのか腸の細胞なのか心臓の細胞なのか。そして増殖する条件を満たすとDNAの設計図に従って、自ずとそれぞれの臓器が形成される……、と」
簡単に言えばこんな感じでしょうか、と高田教授はまとめた。
「その、様々な条件っていうのが問題ですね」
「そうなんですよ。これが細胞の周囲の情報物質だとか、温度だとか、組み合わせが無限に近くあるんです。それでその無限に近い組み合わせを、根気強く、ひとつひとつ調べているのが現状です」
「あの、取材している中で聞いた都市伝説なんですけど、大金持ち相手に臓器培養移植のビジネスをしている病院が日本のどこかにあるって話があるのですが、教授はお聞きになったことありますか?」
君は何を言い出すのだ? という顔で十文字を見た高田教授。
ふうっと力を抜いて乾いた笑いを見せる。
「確かに都市伝説っぽい話ですね。千里眼のイザナミがいたら、今頃うちの研究室でも成功していたかもしれませんが」
「千里眼のイザナミ……ですか?」
「ふふふ。懐かしいですね。伊崎奈美という綺麗な子でしてね。先読みする力が凄くて、よく当たるんですよ。さっきお話したように条件の組み合わせは無限に近いんですが、彼女はその中から筋のいい組み合わせを見付けるのがとてもうまくて……。余りにも神憑ってたものだから、イザナミって呼ぶようになったんです。ま、そう呼び始めたのは他ならぬ僕なんですけどね。その彼女は、20年くらい前に、家庭の事情で辞めてしまったんです。それで今は、総当たり的な研究を地道にやっているところです」
高田教授は、そう言って自虐的な笑みを浮かべる。
「そうそう、千里眼なんかじゃありませんよ教授。理論、推論、経験です。っていうのが彼女の口癖でしたね」
瞳が十文字を小突いて、親指を立てて見せる。
――グッジョブってこと?
「その無限の組み合わせを、ぎゅっと圧縮する方法が見付かるといいですね。うちのチャンネルでも紹介させてもらいますよ。今日はありがとうございました。また、ちょくちょく寄らせてもらいたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします」
「いやいや、こちらこそ。懐かしい話を思い出させてもらってありがとうございました」
高田研究室を後にする十文字と瞳。
「さっきのグッジョブって?」
「博士がとても懐かしがってましたよ」
「そりゃ良かった」
――もしかして、この仕事、
博士がスポンサーなのか?
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