第26話 そんなん、ただのマッチポンプじゃねえか


 私立横浜大学病院を訪ねた2人。

 生憎、倉持医師は18時くらいまで時間が取れないらしい。

 3時間程あるので、先にEV車を運転していた島田健介のところを訪ねることに。


 大学病院から車で30分程のところ。計画的に整備されたと思われる戸建ての家々が並ぶ一角に、島田の家はあった。駐車スペースには、既に新しい車が置いてある。

 

 突然の来訪にもかかわらず、島田は快く取材に応じてくれた。

 島田が語った事故の経緯は、およその推測通り。


 買い物袋を下げた熱田夫人が島田の車の右側前方の歩道を島田側に歩いているところへ、車が勝手に右にハンドルを切って突っ込んだ。熱田夫人は歩道脇のガードレールと車の間に押し潰される形になった。


 島田は慌てて車をバックさせ、ぐったりした熱田夫人を車とガードレールの間から運び出す。


 ?を顔に浮かべた十文字。

「あの、島田さん。バックさせたときは、車を動かせたんですよね」

「そうだけど」

「警察ではその時の操作ログについては何も聞かれなかったのですか?」

「そう言えば、何も聞かれなかったなあ。なんでも、右ハンドルを切る前のところで消えてたっていうか、そんなこと言ってたっけなあ」


 ――ログを丸ごと消すって、

   随分と乱暴だな。


「そんでな。そん時、かわいい女の子が、大丈夫ですかーって、やってきてな。まあ大変、私救急車呼びますって電話して、それで、持ってたコンビニの袋から、ちょうど良かったとか言いながらガムテープを出して、持ってたタオルとか新聞紙とかを使って膝のところをグルグル巻きにしてたな。それで俺っちの車のダッシュボードから保険証取り出して損保会社にも電話してくれてさ。ほんと、テキパキしてたなあ」


 いいもん見たって顔で思い出す島田に、十文字はスマホの写真をかざす。

「もしかして、こんな感じの女性ですか? ちょっと肌が小麦色の」

「そうそう、この子。この子」

「この子は、救急車に一緒に付き添って乗って行ったんですよね」

「そう。おじさんもお大事に、とか言っててさ。かわいかったなあ。あんたの知り合いか? 隣のお嬢さんも別嬪さんだけど」

「いえいえ、この写真はたまたま取材してて手に入っただけですから、知り合いじゃないんですよ。ちなみに、島田さん。ご契約の損保会社はEXVエグゼブでしたか?」

「そう、EXV。至れり尽くせりだよ。電気代もガス代も水道代も保険料もぜーんぶお任せ。あの代車もすぐ届いたしな」


 瞳は、そろそろ切り上げたそうな十文字の視線に頷きを返す。

「それじゃあ、島田さん。今日はどうもありがとうございました」


 島田は始終にこやかだった。


 ――少しは申し訳ないって気持ちに

   ならんもんなのかね?



   *   *   *



 十文字達が再び私立横浜大学病院を訪ねたのは18時過ぎだった。

 看護師に案内されて診察室に入ると、倉持敏郎医師は疲れた顔を見せた。


「お疲れのところすいません、倉持さん。昨日の救急患者について2つ程お伺いしたくて参りました」


熱田実にぎたみのりさんの話だって? 今時のネットニュースは、結構細かなネタを拾いに来るもんだね……。それで?」

 

 早々と解放されたいと倉持の物腰は語っている。

 十文字はスマホをかざして尋ねる。

「熱田実さんを運んだ救急車に付き添っていた女性というのは、この人ですか?」

「ああ、患者の状態によっては処置が変わるからね。救急車からの搬出は、僕自身で確認したんだけど、付き添っていたのはその女性で間違いないよ。熱田さんのようなケースだと、動脈を傷付けている可能性が高かったからね。すぐに適切に止血しないとヤバいんだ。若いのに心得のある女の子なんだろうね。関心したよ」


 それではもう1つの質問です、と十文字は続ける。

「ご主人の熱田徹さんから伺ったのですが、術後の熱田実さんは、馬堀海岸の施設に移す話があったそうですが、それは『EXV馬堀海岸リゾート』という施設でしょうか?」


「君、あそこ知ってるの?」

「実は、私の知り合いも、そこで治療してたことがあるんですよ」


「そう。僕なんかもこういうばたばたしたところじゃなくて、ああいう優雅なところで仕事したいものだけどね。ははは。――まあ、いつものことっちゃ、いつものことなんだけど。うちの病院は、病床率が逼迫しててね。そういうところに、タイミング良く、損害保険会社から、うちの関連医療施設にベッドが確保出来そうなので預かりましょうかって提案があったから、渡りに船で乗っかろうかって思ってたんだよ。まさかご主人が病院を経営してるとは思わなかったけど」


「その損害保険会社からの提案は、先生に直接連絡があったんですか?」

「代表電話に熱田実さんの件で、って掛かってきたらしいけど、看護師が僕に繋いでくれたんだ。――しかし、こういう提案をしてくれる損保会社は助かるね。普通は金の面倒は見るけど、病床の手配とかまでしてくれるところは無いからね」


「そうですね」

 十文字は、EXVのしたたかさに臍を噛む思いをしながらも、力無い共感を示す。


「倉持先生。今日はお疲れのところありがとうございました」

「熱田先生のところへ、また取材に行くことがあれば、奥様にお大事にって伝えといてくれないかな?」

「はい。そのつもりです」


「僕もね。苦々しいっていうか、後味が悪いっていうか。こういうケースは苦手なんだよ。ほんと」

「必ず、お伝えしておきます」

「ありがとう」

「それでは、失礼します」


 こうして、短い取材を終えた十文字達は私立横浜大学病院を後にした。


 ――まったく、どいつもこいつも

   EXV様様ってわけだ。

   事故を作って、

   親切に手厚く対処して、

   人々から感謝される、か。

   そんなん、

   ただのマッチポンプじゃねえか。



 日ノ出町への帰り道。

 ちらりと助手席の瞳の横顔に目をやる十文字。

 以前、瞳が言っていた言葉が蘇る。


 『悪いことさえしなけりゃ、いいことしてるわけですから』


 ――悪いことだけ防ぐって、

   どうやりゃいいんだ?

   ホトトギスがいるから、

   鳴かせようとか、殺そう

   って思うわけだろうがな?


「どうやったら、ホトトギスを見付けられるんだろうな?」

 ふと呟く十文字。


「何の話ですか?」

 瞳が目をぱちくりさせながら十文字を見る。


「いや、別に……、ただの独り言だ」



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