第24話 なんだよ、結局、軍事技術ってことじゃねえか
いつものようにベランダで蛍族をしていた十文字のところに、カラカラとサッシを開けて瞳ちゃんが顔を覗かせた。
「モンジせんぱーい。橿原さんから着信ですよー」
はいはい、とリビングに行くと、ディスプレイから声が掛かる。
『モンジ先輩。ケイトが動きました』
ケイト・スミスは4月に米国から入国したウェットロイドの1人で、褐色の肌に黒髪の美人だ。パスポート情報によれば24歳ということだが、どう見ても16~7にしか見えない。ヒコボシが動向をマークしていていた。
『昨日、昼の2時頃、横須賀でEV車の事故があり、女性が両足を切断する重傷を負いました。被害者はニギタミノリ46歳、ニギタは熱い田と書いて、ミノリは稲穂が実るの実という字です。車を運転していた男は、島田健介70歳、高齢ですが、痴呆の症状もない健常者です。熱田実の夫は、熱田徹48歳、横須賀で病院を経営しています』
「
『熱田実は御主人の病院に運ばれて治療中です。すり替えの線は薄いと思います』
「お医者さんじゃ軍事技術でもないよな?」
『そうとも言い切れませんね。軍事転用可能な医療技術ってのはありますから。それで、怪しいと思われるのが、今年の1月に熱田夫婦が共著で発表したこの論文です』
ディスプレイには『視神経と電子的映像認識』というタイトルの論文が示された。
「この論文の何処が問題なんだ?」
『この論文、神経細胞の信号を電子接続するという内容で、眼球で見た画像を視神経と電子接続して再現する技術が書かれているんです』
「それが問題なのか?」
『先輩。この技術は、ウェットロイドの技術に極めて親和性の高い技術なんですよ。アンドロイドだけでなくサイボーグ技術にも応用出来る可能性があります』
「サイボーグって、強化人間みたいな?」
『そうです。そんな技術があれば、戦場で手足を失った優秀な兵士が、あっという間に復活出来ます。しかも、パワーアップして』
「つまり、それだけ盗まれるとヤバい技術ってことだな?」
『はい。ですので、この事故の裏側と、この技術の関連について調べて貰いたいのです』
「技術調査なんて、全く畑違いだぞ?」 『技術って言っても、所詮は人が作り出しているものです。先輩は人を調べるのが専門ですよね?』
「ま、まあそうだけど」
『技術的な話は、NSAでもバックアップするので、先輩は人間関係にフォーカスして動いて頂ければいいですから。よろしくお願いします』
――なんだよ、結局、
軍事技術ってことじゃねえか。
* * *
十文字と瞳は、横須賀の『にぎた脳神経外科医院』を訪れていた。
本来なら診療日なのだが、昨日の実の事故を受けて、臨時休診となっていた。
「この度は、急なお願いにもかかわらず、取材に応じて頂きありがとうございます」
休診の診療室で、徹に頭を下げる十文字と瞳。
「『アカホヤの灯』、私もたまに見てるんですよ。テレビや新聞とは、ひと味もふた味も違う切り口のニュースなので、いつも驚かされます」
「ありがとうございます」
『アカホヤの灯』は、マスメディアでは、ほとんど報道されることのない、理不尽や不条理を取り上げて、独自の切り口で取材し報道しているネット専門のニュースチャンネルである。
『アカホヤの灯』は『木漏れ日の泉』と同様、NSAの情報収集に使われていた。
「家内のような事故が度々起こっているって聞いて驚きました。正直、私も納得がいかないところがあって、少しでも疑問が晴れればと思ってお受けしたんですよ」
そうなんですか、と頷きつつ、十文字は、心配そうな顔で徹に尋ねる。
「奥様の具合はいかがですか?」
「幸い手術も上手くいったので、今は安静にしている状態です」
「事故直後の様子などは、聞いてらっしゃいますか?」
「手術をした私立横浜大学病院の医師に聞いたところでは、救急車には若い女性が付き添って来たのだとか、簡易的な止血も適切にされていて驚いたそうです。ですが、両足とも膝から下の状態が酷くて、やむなく切除手術をせざるを得なかったと。その後、馬堀海岸にある施設に移されそうになっていたところに、無理を言って私が引き取った、そんな流れです」
まったく、痛ましいことですね、と呟いて十文字は続ける。
「熱田さんは、いつ事故を知ったのですか?」
「事故の1時間程後になるでしょうか。警察からの電話で知りました。実は、私が診療している間、家内は事務方をやっていて、ほとんど会話が無いんです。家内が買い物に出ていたことも後で知りました。それで、急遽その後の診療を調整して、私立横浜大学病院に駆けつけた形です」
「それは、さぞや驚かれたことでしょうね?」
「それはもう。何が起こったのかすぐにでも知りたかったのですが、警察でも調査中というばかりで……。事故の詳細が解ったのは、運転していた男性に警察が事情を聞いて、車の調査を終えてから、家内の手術が終わった後でした」
「しかも、運転者の過失は認められないという結果だったと」
「はい」
受け入れ難い何かを握り潰すかのように、拳を握りしめる熱田。
その姿は、嫌でも十文字に義憤のような感情を芽生えさせる。
「その時執刀されたのは、どなたかわかりますか?」
「はい。倉持さんという方です」
「それで、馬堀海岸の施設というのは、もしかして『
「私は、馬堀海岸の施設としか聞かなかったので正式名称まではわかりません」
「そうですか。ありがとうございます」
――倉持という医者に聞くしかないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます