第23話 そもそも、初対面なのに何でモジモジ呼びなんだよ?
9月も終わりに近付いた頃、少しは独りの時間が欲しいと、十文字はレバタラに顔を出していた。
「モンジさん。随分お久し振りじゃないですか?」
店主のノシマルが濡れた紙おしぼりを出しながら十文字を迎える。
「いやあ、ここんところいろいろあってね」
いつものでいいですか? と冷えたビールジョッキを手にするノシマルに頷く十文字。
程なく、お疲れ様です、と置かれた生ビールに口を付け、はーー、とひと息長く吐いたため息に、カラカランとウインドチャイムの音が重なる。
十文字が振り向くと、4人の男女が入って来た。
「いらっしゃい。あれ? 姫乃さんじゃないですか。お久しぶりです」
ノシマルが、人数分のおしぼりを手に取りながら女性の1人に声を掛ける。
「今日は、ちょっと寿美さんのお店の作戦会議があってね」
とノシマルに笑顔を向ける。
「すいません。モンジさん。ちょっと端に寄ってもらっていいですか?」
と、ノシマルから手を合わせられ、6人席のカウンターの右端に寄る十文字。
「すみませーん」
と、微笑みながら、わざわざ十文字の隣に座る美女。
十文字は、せっかく、1人分空けたのに、と困ったような嬉しいような顔。
「モンジさん。こちらの方が、前に話していたハニーロイドカフェの店長の伊崎鈴さんですよ」
「伊崎鈴です。こんにちは」
「どうも、十文字と言います。初めまして」
ぎこちない挨拶の十文字。
「たぶん、お会いするのは初めてじゃないと思いますよ。年明けにうちの近所をうろうろしてらっしゃいませんでした? そのグローブ印象的ですもの」
「え? ちょっとにわかには思い出せませんが……」
十文字は、首を捻るがこういう美女に会ったという記憶が無い。
「十文字さんは、走水とか観音崎の方にはよくいらっしゃるんですか?」
「仕事柄あちこち行きますが、そうしょっちゅうじゃないですね」
――そう言えば、
年明けに観音崎のあたりで張り付き
調査があったっけ。
確か、伊なんとか?
「かんぱーい」
飲み物が行き渡ったのか、4人が声を上げる。
鈴から向けられたウーロン茶のジョッキに、十文字も軽く合わせる。
4人の話題は、新しくソフトロイドを使った美容室を開くという話である。
「そう言えば、カグヤマの大将もソフトロイドを使うんですよね」
と、ノシマルが寿美と呼ばれた女性に声を掛ける。カグヤマというのは、寿美の実家、磯子にある喫茶店の名である。
「そうなのよ。美容室の方は花の名前シリーズだけど、うちの実家のは宝石シリーズで、ルビーちゃん、サファイアちゃん、エメラルドちゃん。どの娘もかわいくて、よく気が利くのよ。あたしとは大違い。あはははは」
エメラルドと聞いて、ふと山上という青年を思い出す十文字。
「そう言えば、ノシマルさん。山上君の言ってた都市伝説覚えてます?」
「ああ、あれ。失踪したと思ったら別人になって帰ってきたっていう風俗嬢の話ね。はいはい。ありがちっちゃありがちだけど、本当だったら不思議な話だよね」
ふと鈴さんが興味を持ったのか、十文字を振り返って尋ねる。
「どちらのお店のお話ですか?」
「いやいや、風俗店の話ですから……」
「ですから、どちらの風俗店ですか?」
軽く前のめりな迫力をもって、鈴という女性は十文字に迫る。
「――この近くなんですけど、『宝石館』っていう高級店です」
「そうなんですか。私でも面接受けられますかね?」
本気なのか冗談なのか判らない笑顔を向けられたノシマルが目を丸くする。
「こら、コーリン!」
姫乃さんと呼ばれた女性が、拳骨を振り上げる。
てへっと応える鈴。
「そう言えば、ヒメノちゃん達は元気なんですか?」
ノシマルが姫乃に話を振る。
「元気よ。最近は沖ノ鳥島の方に行ってるけどね」
「お嬢ちゃん達はどうしてるんですか?」
「お母さん達が面倒見てるわ。うちの子も一緒だけどね」
ふふっ、とノシマルに笑顔を向ける姫乃。
――思い出した。
年明けに張り付いたのは、
伊崎海洋開発だ。
この前の榎田議員の映像に
出て来たのも伊崎海洋開発
だったよな。
「もしかして、みなさん伊崎海洋開発の関係者さんですか?」
思わず、声に出して4人を見る十文字。
「あら、うちの会社知ってるの? 海洋開発って名前だけど、アンドロイドも作ってるの。『ハニーロイドカフェ1号店』も、うちの経営なのよ」
姫乃は身を乗り出して十文字を見る。
へえ、そうだったんですか、と言いつつ、念のため記録しておこうと、いつもの癖で左手を構えると、鈴さんの右手に手首を掴まれる。
「ストップ! モジモジさん。写真撮影はご遠慮願います」
とニコり。
十文字が唖然としていると、
姫様、そろそろ、と鈴が姫乃に声を掛ける。
「ああそうね、それじゃ、加藤さん、寿美さん、あたし達はこれで。ノシマルさん、余ったらみんなで飲んでね」
と言って、万札を置いて手を振る。
姫乃さん、これじゃ貰い過ぎ、と苦笑で見送るノシマル。
最期に振り返った鈴さんは、
「モジモジさーん。またそのうちー」
と十文字に敬礼を飛ばしてきた。
「何でバレてんだ? 俺のこと知ってるのか?」
思わず呟く十文字。
――そもそも、
初対面なのに
何でモジモジ呼びなんだよ?
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