第22話 ん? どーゆーこと? そーゆーこと!


学校を終えた紗理奈が帰って来てしばらく経った頃。

 

『ピンポーン』


 インターホンが鳴った。

 あれ? 詩織さん、鍵持ってかなかったのかな、とインターホンの応答ボタンを押す十文字。


 そこに映っていたのは、金髪碧眼の美女だった。


「え? ちょっと何で?」

 とインターホンの画面を指さして、沙織達を見回す十文字。


『ピンポーン』


 程なく鳴ったドアホンに反応して、嬉々として迎えに出る紗理奈。

「いらっしゃい、シャーリー!」

「お邪魔しまーす」


   *   *   *


リビングのダイニングテーブルには、沙織、紗理奈、シャーリー。

 保奈美が、冷蔵庫からペット茶を出して、3人に給仕しているところに、ガチャリとドアを開ける音がして、詩織と瞳が帰ってきた。


「ただいまー」

「モンジせんぱーい。そんなところに籠ってないで、こっち来たらどうですかー?」

 瞳が奥の部屋で頭を抱えていた十文字に声を掛ける。


 ――ここは俺の家だよな?

   リビングは完全に女どもに

   占拠されてしまったぞ。


『みなさん、お揃いですか? あれ、先輩は?』


 どうやら、ディスプレイに橿原が顔を出したらしい。


「なんか不貞腐れてるみたいです」

 瞳が少し呆れた表情で橿原に答えている。


 紗理奈がパタパタと十文字の部屋に来たかと思うと、ノックもせずにのドアを開ける。

「モジモジー、お仕事だよー。行こ―」

 そう言って十文字の腕を取り、引っ張り起こす。

 渋々ながらリビングに戻る十文字。


「あのなあ、こんなに大人数が集まるんだったら、はなからお前んとこでやればよかったんじゃないのか? うちのリビングは、椅子が4つしかないんだぞ!」

 中継している瞳に向かって、指を4本立てる十文字。

『生憎、別件で私もオフィスを離れていたので仕方なかったんですよ』

「別件?」

『はい。先程、榎田議員の対応が終わったので共有しようと思いまして』


 リビングの壁を背に、腕組みをして憮然とした表情の十文字をスルーして、橿原は話を進める。

『シャーリーさんに、ちょっと伺いたいのですが。榎田議員とは、秘書の鈴木孝雄の紹介で面識を得たのですよね?」

「はい。7月に議員会館でお会いしました」

『それでは、8月10日、日比谷公園脇の東都ホテルで会った時は、何処に連れて行ったのですか?』

「その時は、赤坂にある紫水会若草病院にお連れしました。DNAで臓器を培養して内臓や生殖器を若返らせることが出来る医療サービスにご関心はありませんかとお誘いしました。大きさも自在ですよと言ったら、嬉しそうにしておられました」

『その病院は、EXVエグゼブ社と関連があるのですか?』

「私の知る限りでは関連はありません。エリザベス・ウォーターからの指示で、そちらにお連れするようにと言われただけですので」

『そうですか。ありがとうございます』


 ――全く、議員といい秘書といい、

   ハニートラップのいい見本じゃ

   ねえか?


 ふっ、と鼻で笑って、さらに顔を険しくする十文字。


『それでは、今日、伊崎海洋開発に榎田議員をお招きした時の映像を共有します』


 ディスプレイには、どこかの応接室のような映像が映る。音声付きの動画だ。

 50歳くらいの男性と年齢不詳の美女が、カメラの左側に向かって話している。


「あー、キョウジュとハカセだ」

 紗理奈が嬉しそうな顔で画面を指差す。

 カメラを左に向けると、ディスプレイを見る榎田議員が頷いている様子が映った。


『――まあ、ここまでが概要となります。百聞は一見に如かず。隣のショウルームに動く模型があるので、実際にご覧になって下さい』


 そう言って、こちらのカメラに頷くキョウジュ。

『わたくしがご案内します』

 と、カメラが動く。

 応接室を出て、隣の部屋の入り口の扉を開き、こちらです、と手で促している。

 おお、すまんな、と榎田が入って行く。

 カチャリとドアが閉まる音がしたかと思うと、榎田が立ち止まった。

 というより、立ち尽くした。


 カメラが近寄り、手が出てきて何かを耳に差し込んだ途端、榎田は崩れ落ちた。


『ウェットロイドVer2.0の弱点のひとつは、ベースサーバーとの通信が遮断されると、その時点の命令遂行だけを考えて行動する、スタンドアロン状態になるというものです。おそらく特段の具体的な命令が無かったのでしょう。榎田議員は

立ち尽くしていましたね。ちなみにDNAの親は泰藍江という華連人※1で、ベースサ

ーバーは虹港あたりのデータセンターと思われます』


「その華連人は何者なんだ?」

『虹港海光集団の幹部で、虹港地区の知事候補という人物です。数年前まで米国で浸透工作に関わっていたと考えられています。おそらくそこでEXV社との結び付

きを持ったのではないかと思われます。裏が取れているわけではありませんが』


「さっき出て来た2人は誰なんだ? キョウジュとかハカセとか……」


『ああ、男性は伊崎海洋開発の社長、伊崎大造氏。女性は副社長の伊崎奈美氏です。僕達は伊崎さん、奈美さん、と呼んでますけどね、ウェットロイド達はキョウジュとハカセと呼ぶんですよ』

「社長なんだろ? 何でキョウジュなんだ?」

『伊崎海洋開発の前身は、横須賀海洋大学の海洋資源探査研究室で、伊崎さんはそこの教授だったんです』


「そういうことか。で、カメラマンは?」

『先輩、高梨ありさって覚えてます?』

「元女優で議員になったカチューシャ姫の? だからカメラマンやってたのか」

『別にカメラを構えてたわけじゃないですよ。あれが彼女の見たまんまなんです』


 ――ん? どーゆーこと?

   そーゆーこと!


 十文字は、一瞬首を捻った後、ポン! と手鼓※  を打って頷いた。





※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓

https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534



※左手の手のひらを上に向け、右手をグーの形で縦にポンと叩く動作のことを、一般

 的にどう言うのか調べてみたのですが、的確な表現が見当たりませんでした。筆者

 の造語かもしれません。



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