第2章 回春の夢
第19話 龍太郎さんだと? 暫く見ないうちにキャラ変ってねえか? 詩織さん。
8月下旬、まだ残暑が厳しいというのに、沙織の提案で、紗理奈の調整を兼ねて、沙織と詩織の思い出を共有しようと桜木町周辺を歩き回ることとなった。
NSAのオフィスのある馬車道にも程近い。当然のように十文字も呼ばれ、お目付け役として瞳が付いてきた。
ウェットロイドは骨格が強化プラスチック製のため、ボディを成長させられないという制約がある。成長期の紗理奈を自然に大人のボディにしていくためには、定期的にボディを換装する必要があるが、筋肉の出力が変わるため、慣れるのに1週間ほど調整期間が必要なのだ。
そこで、紗理奈の夏休みを利用して換装が行われることとなったのである。
『木漏れ日の泉』を介して養子縁組を終えた十文字紗理奈は、6月から私立横浜大学付属中学に通い始めた。
十文字としてはあまり目立って欲しくなかったのだが、北欧系の美少女というだけでも目立つのに、学期末のテストでトップを取ってしまったものだから余計に注目を集める存在になってしまっていた。
日ノ出町の事務所を出た十文字一行は桜木町へ向かう。
アスファルトの照り返しを浴びながらJR桜木町の駅を抜けて、ランドマークを望む駅前広場に出た十文字と4つの日傘。
すると、そこでは政治団体の街頭演説が行われていた。
取り囲む人数は30人程だろうか。広場に乗り入れた街宣カーの上から、街頭演説を終え、拍手で送られながら降りていく背広姿。
十文字達が、その集団を横目に見ながらロープウェイを目指して通り過ぎようとしたところで、沙織が1人の男に声を掛けられた。
「あれー、もしかして
高坂とは重松沙織の旧姓である。どうやら独身時代の知り合いらしい。
はっ、とした沙織は、
「お姉ちゃん、高校時代の同級生の鈴木君だよー」
と、詩織の腕を掴んで男に注意を向ける。
「あ? ああ……、久しぶりだねー、鈴木君」
とぎこちない笑顔を作る詩織。
タタタっと駆け寄ってくるスーツの鈴木君。
沙織と詩織は一卵性双生児だったが、何かと比較されるのを嫌って別々の高校に通っていたので、鈴木君が知らぬのも当然である。
「もしかして、高坂って双子だったの?」
「実はそうなんだー、こっちは妹の詩織」
と、沙織の腕を取る詩織。
「鈴木君は、あそこの政党を応援してるの?」
詩織は、街宣カーの集団を手で示す。
「応援っていうか、榎田先生の秘書をやってるんだ」
「そうなんだー」
詩織は機械的に頷きながら、とりあえずの相槌を続ける。
そこへ、おやおや鈴木君の友人か? と、当の榎田議員が寄ってきて、日傘の女性陣をひと通り見回すと、
「榎田喜一です。みなさん応援よろしくお願いします」
と、膝に手を付き、深く頭を下げて戻っていった。
「自由民政党の榎田喜一と言えば、結構な有名人だよな」
十文字は、街宣カーに戻っていくスーツ姿を目で追いながら呟いた。
――だが、鈴木君ってのは、
世間知らずの初心な坊や、
って感じだな。
十文字が鈴木君に視線を戻すと、やあやあと詩織に話し掛けているところだった。
「高坂、全然変わってないからすぐわかったよ。なんだ結婚してたんだ」
「そうなのー」
「まあ……、俺もそろそろって感じだなんだけどさー」
「そうなのー?」
「あ、もし良かったら、今の連絡先教えてくれないかなあ? 一度クラスの同級生で集まれないかなー、って思ってたからさ」
とスマホを取り出す鈴木君。
「鈴木君ごめーん、今日スマホ持ってきてなくてー」
詩織は手を合わせて、申し訳ないという顔を鈴木に向ける。
「あっ、お姉ちゃん、私持ってるから大丈夫だよー」
と、沙織が鈴木君のSNSのQRコードを写真に撮って微笑んだ。
「ごめんなさい、鈴木君。後でお姉ちゃんから連絡させますねー」
沙織は、そう言って鈴木君に手を振る。
鈴木君は、どうぞ榎田喜一をよろしくお願いしまーす、と深く頭を下げて街宣カーに戻っていった。
紗理奈が瞳を小突く。
「ねえねえ瞳ちゃん。あれってヤバいやつだよね?」
「そうだね、確実にヤバいね」
深く頷く瞳。
「なになに? どうしたんだ? 2人とも」
と、瞳と紗理奈を見る十文字。
「モジモジ……。どうやらまずいことになっちゃったみたいだよ。これから龍太郎さんとこに行かなくちゃ。サオ姉ちゃんも一緒に来て」
と、詩織が厳しい表情で十文字を見る。
「えーー? 何なのよー。ロープウェイはー? 観覧車はー? 赤レンガ倉庫はー? 山下公園行って中華街でスイーツって話じゃなかったのー?」
――龍太郎さんだと?
暫く見ないうちに
キャラ変ってねえか? 詩織さん。
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