第18話 モジモジ……だと? 何処で覚えた?
そろそろ梅雨が始まりそうな空模様が続く。
沙織の案件以降、まったく探偵業の仕事が無かった十文字は、NSAの指示で、日本全国の
「よかったですねー、モンジせんぱい。こういう仕事が無ければ、干上がってましたよー?」
そう憎まれ口を叩くのは、助手の瞳。
「探偵としてはデスクワークは苦手なんだがな」
十文字は肩を
EXV社は5年前に日本に進出してきた会社で、関東周辺と北海道を中心に、スマートライフをキャッチフレーズに、AIを駆使した製品やサービスを提案している。
広告宣伝に金を掛けず、その分、利用者に転嫁する点も魅力を高めていた。
この恩恵は、損害保険、家賃、電気ガス水道料金、生命保険などがパッケージ化された月々の生活費を下げる方向に向けらたため、比較的所得の低い若者や、お年寄り、外国人を中心に利用者を伸ばしている。
EV車の工場は、さいたま工場の1箇所のみ。札幌と横浜には支社を置き、スマートマンションの開発と管理にも手を伸ばしていた。
支店は、さいたま支店、千葉支店の2箇所。
医療機関付介護施設は『EXV馬堀海岸リゾート』のみ。
ホームページには、提携の医療機関や斎場は多岐に渡るとあるが、詳細な記載は無い。
「こんな連中を、裏でこそこそ人間とアンドロイドをすり替えてたからって、悪と断じて裁くなんて、到底出来そうにないな……」
げんなりと呟く十文字。
「モンジせんぱい。無理に裁こうなんて思うから、そうやって、無駄に無力感を感じなきゃいけなくなるんですよ」
「な?!」
「大事なのは、連中に好き勝手させないことじゃないんですか? 悪いことさえしなけりゃ、いいことしてるわけですから」
――瞳ちゃんの言うことはもっともだ
が、素直には納得出来ねえよな?
『そうなんです。法で裁こうと思っても裁けないのがこの仕事です』
突然、ディスプレイが切り替わり、NSAのリビングが映された。
「龍太郎! 突然出て来るなよ。びっくりするだろうが」
『ははは、すいません。でも、先輩。これ本当のことなんです。裁いて懲らしめて終わりって仕事じゃなくて、ずっとずっと悪さをさせないよう、警戒して、監視して、手も足も出させない。出してきても守り切る。そんな終わりのない戦いなんです』
微笑みを浮かべてはいるが、そんな永遠とも思える果てしない戦いを受け入れた静かな眼差しの橿原。
『ですから、先輩のその正義感は、一度にどかんと燃やすんじゃなくて、静かにじっくり、ながーく燃やしてください』
「俺には、そんな終わりの無い戦いは向いてないと思うがな」
頬杖をついて、顔を背ける十文字。
『そんな先輩に朗報です。先輩に新しい家族が出来ますよ』
「何!!」
あまりの驚きに、十文字は頬杖を解いてディスプレイを睨みつける。
『詩織さんの妊娠が判明しました』
「新しい家族が出来るのは
『ですので、紗理奈ちゃんの受け入れ先は、横滑りで先輩と詩織さんにお願いしようと思います。先輩に娘が出来ましたよ』
「な!」
――俺が父親だと?
「俺と詩織……さんは、まだ結婚するって決まったわけじゃないだろ?」
『そうですが、詩織さんは問題ないって言っていますよ? それに……』
「それに?」
『どうせ父親になるなら嫁も迎えた方が楽なんじゃないですか? 先輩には選択の自由はありますが、もうひとつの選択肢は……」
わざとらしく間を溜める橿原。
「ブタ箱……か?」
『まあ、形式はさておき、終わりの無い孤独ってところは変わらないですね。終わりの無い戦いか、終わりの無い孤独か……』
「俺が孤独を選んだら、紗理奈ちゃんはどうなるんだ?」
『こちらとしても、ウェットロイドは貴重な戦力なので処分するつもりはありませんよ。成人のボディに移して隠密行動をやってもらう形でしょうか。社会的には存在しない隠された存在として』
「なんかややこしいな」
『個人情報を必要とするあらゆるサービスが受けられない、ということです。電車やバス、タクシーなどの交通機関くらいは使えますが、飛行機での移動は無理ですね。もちろん、独り暮らしもさせられません。多少の行動の自由はあるけれど、悪く言えば飼い殺しって感じでしょうか』
考え込む十文字に、追い打ちを掛ける橿原。
『米国では、不法移民っていうのは入国時に身分を証明書するものを全て捨てて入国するって言います。何者でも無かった少女が、ようやく市民権を得たというのに、また何者でも無い存在に逆戻りですね』
――こいつ、わざと煽っていやがる。
とはいえ、その選択権を握っているのが誰なのか、それは十文字自身が重々承知していることだ。
「詩織さんとの結婚は、時間をくれ。すぐには答えられん」
『そうですか。それでは紗理奈ちゃんの里親の件は御了承頂いたということで、手続きを進めますね。区役所で順番待ちをしている保奈美さんにも伝えておきます』
「お、おい……」
『ピンポーン』
インターホンが十文字の反論を掻き消した。
?を幾つか浮かべ、ディスプレイの橿原に恨めし気な視線を残しながら、席を立つ十文字。
はーい、と応答ボタンを押した途端、黄色い声が弾けた。
『ハロー、モジモジー? 来たよー!』
インターホンの画面に映っているのは、今話題の紗理奈だった。
――モジモジ……だと?
何処で覚えた?
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