第14話 待て、龍太郎! そこから先は言わないでくれないか?
「まったく、とんでもない兄弟だな」
十文字は、日高修、日高茂兄弟の日頃の素行調査の結果を眺めながら呟いた。
ざっくりとした行動は、NSAも押さえていたが、監視カメラの映像によるものが大半で、決定的な瞬間となるとやはり実際に張り込んで見ないと押さえられない。
日高豊は、マンションだけでなく、あちこちに資産を持ち、飲食店や資産管理の会社など、会社形態のものは息子達に継承していた。
日高兄弟は、そうした膨大な不労所得がありながら、ギャンブルや女につぎ込む放蕩息子達であった。
――こんな奴らに数億もの資産や
何千万もの死亡保険金、
それに年間数千万の家賃収入を
渡さなきゃいかんのか?
日高の爺さんが、紗理奈ひとりに
譲りたくなった気持ちが解るわ。
『このくらいの譲歩で、日高紗理奈とい
うウェットロイドの機密を守れるな
ら、NSAとしては大歓迎ですよ』
橿原は、平然とそう言ってのけたが、十文字としては釈然としない思いが残る。
――たとえアンドロイドとはいえ、
まだ14歳の女の子なんだぞ?
NSAによると、サリー・ホワイトの米国での人生がどういうものだったのかは、定かでは無いらしいが、元々は不法移民の子供ではないかとのことだ。米国政府としても捕まえた不法移民をずっと養うわけにもいかないため、里親探しのエージェントを通して、金持ちの個人や企業に斡旋しているとのこと。
――
ここでもマネーロンダリングならぬ
ヒューマンロンダリングをやってい
るということだろうな。
「そうは言っても、EXVってところは、どんだけ雑なんだか……。自分達で送り込んでおいて、紗理奈ちゃんは放ったらかしだもんな」
「それは、モンジせんぱいが、私も含めて、みどりちゃんや紗理奈ちゃんのAIを書き換えちゃったからじゃないんですか?」
キッチンでコーヒーを淹れていた瞳が、十文字の前にマグカップを置きながら突っ込みを入れる。
「え? 俺のせいなのか?」
「別にモンジせんぱいが悪いってことじゃなくて、EXVが混乱してるってことですよ」
「そう言えば、瞳ちゃん達は、EXVでは誰の指示で動いてたんだっけ?」
「私達のDNAの親情報は、エリザベス・ウォーターという人物だったってことは解ってるんですけど、顔写真はおろか、住所とかEXV社の役職とか立場の情報もなくて、ただ名前だけだったらしいので、よく解らないんです。私達への指示はウェットロイド間の通信で来てたんですけど」
「それは、エリザベス・ウォーターがウェットロイドってことなのか?」
「そうとは限りません。ベースサーバーの管理者も同じようなことが出来ますから」
「性別は女なんだよな?」
「さあ、今の時代はそういうの色々ですから。それより、もうそろそろ出ないとまずいですよ?」
「おう、そろそろ行くか」
* * *
十文字と瞳は、NSAオフィスで保奈美を拾って、日高兄弟の弁護士との打ち合わせに出掛けた。
遺言では100パーセント紗理奈に相続することとなっていた死亡保険金、マンションの資産および家賃収入等の権利の相続の割合は、紗理奈が死亡保険金のうち1割を受け取り、残りは放棄をするという案で落ち着いていた。
故人の遺志を尊ぶにしても、相続人3人のうち2人が血の繋がった息子で、1人は養子縁組して間もない少女であれば、ゼロに等しいとの兄弟の主張だったが、住んでいたマンションを引き払うことと、『木漏れ日の泉』が責任をもって別の保護者を立てて戸籍も綺麗に抜くことを条件に、死亡保険金の1割を勝ち取った形だ。
十文字は、日高兄弟と『木漏れ日の泉』の仲介役という立場での出席である。
先方は、弁護士1人で、日高兄弟はどちらも出席しなかった。
保奈美がその場で遺産分割協議書に押印し、印鑑証明書を渡して終了。
十文字には、今回の報酬として弁護士から100万円の小切手が渡された。
互いの挨拶もそこそこに始まった打ち合わせは、わずか20分で終了。
弁護士は、始終ニコニコしながら仕事を進めていた。
* * *
日高の弁護士との打ち合わせを終えた3人は、そのまま馬車道のNSAオフィスに戻って来た。
「お疲れ様でした。みなさん」
爽やかな笑顔で3人を迎える橿原。
「確かにな。浮気調査よりもタチの悪い仕事だったよ」
そう悪態で返す十文字に、橿原も苦笑で応じる。
「日高紗理奈について、これからのことを軽く共有しておこうと思いまして」
「なんだよ。これで終わりじゃないのかよ?」
「当然です。――日高紗理奈は、昨日、バージョンアップとデータコンバートが完了しました。AIの性能的には保奈美さんや瞳さんと変わらない成人なのですが、ボディは14歳で、実社会の扱いも14歳、つまり中学生です。が、編入手続きは未だ行われていませんでした。連中はそうするつもりもなかったということでしょう」
そこで、十文字を見て、身を乗り出す橿原。
「中学に入れるためには保護者、つまり里親が必要です。彼女の場合は、里親と言っても、誰でもいいわけではなく、ウェットロイドに理解のある里親である必要があります。これが絶対条件です」
絶対条件というところで、人差し指を立てて強調する。
――おいおい、なぜこっちを見る?
そういう振りはやめろ。龍太郎。
寛いでいた姿勢を正し、身構える十文字。
「伊崎海洋開発という手も無くはないのですが、ウェットロイドの存在を知らない社員のご家族や独身者ばかりなので、中学生の日高紗理奈が、皆と同じように学校行事や地域の行事に参加出来ない特殊事情について、理解を得るのは難しかろうと、伊崎さんも、奈美さんも考えておられるようです。なにせ、健康診断やら、旅行やら、皆と一緒に出来ない行事が多いですから」
――待て、龍太郎! そこから先は
言わないでくれないか?
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