第08話 尾ひれ、背びれ、胸びれまで追い掛けるのが、俺の信条じゃないのか?


 馬車道の一角にあるビル。

 2年前まで、サポロイドというアンドロイド会社の日本支社があったこの場所は、今ではNSA国家安全保障局の活動拠点のひとつとなっていた。


 馬堀海岸のあずまのアパート前で危ういところを助けられた十文字は、橿原龍太郎の車で、ここNSAのオフィスに連れて来られた。

 3階のリビングのソファに座らされ、どうせなら横浜に置きっぱなしの車をなんとか取ってきたい気持ちを抑えて、一方的に話を聞いているところだ。


 竹之内みどりは、このビルの2階のラボと呼ばれる施設に運ばれていた。



 橿原は、かれこれ30分程、十文字にことの経緯を語っている。

 時折、壁際の大型ディスプレイには、様々な映像が映された。

 

 ウェットロイドと呼ばれるアンドロイドの存在。

 華南に送られ、ウェットロイドに入れ替わって帰ってくる人間達。

 これらの人物は入国時にウェットロイドと判定され、NSAに動向が監視されていること。

 NSAでは、オリジナルの人物達が華南でどうなったのか把握していないこと。

 

 何を聞いても、憮然とした顔の十文字。


 ひと通りの説明が終わった後、しばらく黙ったまま、宙を睨んでいた十文字は、ふう、とひとつ大きく息を吸うと、橿原に向き直った。


「で、お前は、今はNSAで働いていて、ウェットロイドとかいう特殊なアンドロイド案件を担当している。その特殊なアンドロイドは、頭脳はAIだが、ボディは人間そのもので、DNAを元に作られ、指紋もコピー出来る。しかも、子供まで作れるときたもんだ。DNA鑑定されても判別がつかない子供がな。――であるが故に、存在そのものが国家機密になっている、と」


 十文字は、そういう話だよな、と両手をだらりと下げて天を仰ぐ。

 このぼやきに静かに頷いているのは、NSAの橿原。7年前、十文字が陸上自衛隊を辞めた時には3つ後輩だった男だ。


「道理で、全く人格も記憶も異なる同じ容姿の人間がぽろぽろ現れるわけだ。エメラルドって源氏名の泡姫、竹之内みどりもどき、俺の義理の姉、重松沙織もどき、崎村知世もどき、3人ともぜーんぶだ! 華南で作られて送り込まれたそいつらを、お前達は、入国した時点で知ってたんだろ?」


 十文字の視線を受けた保奈美も、静かに頷き、申し訳なさそうな眼差しを返す。


「だったら、俺なんかに依頼したりせずに全部お前達だけでやれば良かったんじゃないのか?」


「それも考えないんじゃなかったんですけどね。重松沙織と先輩に繋がりがあったなんて、僕達も今回初めて知ったんですよ。国家機密であるが故に、触れた人間はNSAの監視下に置かなければならない。そういう人達の選択肢は、秘密を守ってNSAに協力して生きるか、NSAの監視下で残りの人生を孤独に生きるか、この2つしかありません」

 難しい顔を十文字に向ける橿原。

「それならなあ、最初っから言ってくれれば! って言っても無理か。俺が国家機密に触れたのは、義姉ねえさんに会った時じゃなくて、義姉さんもどきを見た時ってことだろうからな」


「ごめんなさい十文字さん。あなたに接触した時点では、わたくし達は、あなたが重松沙織さんのウェットロイドに遭遇したことに確信が持てなかったのです。出来ればあなたが気付かないまま、事を収められればと考えていたものですから」

 誠意のこもった保奈美の眼差しに、荒げた息を鎮める十文字。


「はぁーー。尾ひれのところで止めときゃ、国家機密に触れずに済んだってことなのか?」

 十文字は、膝に組んだ手に額を付けるように苦々しい声で呟く。


 ――いや待て!

   尾ひれ、背びれ、胸びれまで追い掛

   けるのが、俺の信条じゃないのか?


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