第07話 だいぶ体鈍っちゃったんじゃないですか? モンジ先輩


 警官にあずまが、話していた内容は、およそ以下の通りである。


 東は、損害保険会社の人間から、小樽の高級リゾート宿泊券が当たったという話を聞いて、直接渡したいからと言われて、ここで待ち合わせしたのだそうだ。

 東は、繰り返し、車が勝手に動き出したと主張する。

 警察官は、はいはい、調べればわかるんだから、と受け流している。

 事故車はレッカー車で警察署へ運び、ログなどの詳細な調査が行われるらしい。


「僕はレッカー待たなきゃいけないんで……。今回はご迷惑を掛けました」

 と、頭を下げる東に、どうか気にしないでください、と返し、十文字は東のアパートの住所に向かう。


 スーパーから30分程歩いたところに、東のアパートはあった。

 付近は、新興住宅街で、広い歩道が整備されている。

 少し離れた所から、アパートの出入りが見える歩道の街路樹のひとつにテレスコープ付きスマホを忍ばせたリュックを置いて、ペット茶を飲みながら空を見上げる十文字。


 ――あの人も被害者なんだよな。

  義姉ねえさんを轢いた人も。

   義兄さんの浮気の状況証拠は記録

   した。

   崎村良平の浮気の疑いのある状況

   証拠も記録した。

   そして、そのどちらにも関わって

   いる女、竹之内みどり。

   エメラルドという源氏名が、

   みどりという本名から付けられた

   のならば、山上君が言っていた風

   俗嬢と同一人物と思われるが、全

   く記憶が無いというのは、どう説

   明すればいいのだろう。

   そして、竹之内みどりと同じ場所

   に現れた義姉さんもどき。


「全く同じ容姿で指紋まで同じ別人って何だよ? ――まさか、こんなに尾ひれ、背びれどころか胸びれまで付いてくるとはな」


 1週間分、というより十文字にとっては3週間分の報酬を前渡しで受け取ってしまっている以上、多少、深堀して調べるくらいはしないとプロ根性に反する。


   *   *   *


 3時間後、東が帰ってきて、アパートに明かりが灯る。

 

「ううぅ、さすがに陽が落ちると冷え込むな」


 街燈の明かりはあるが、望遠撮影は当てになりそうにないな、とテレスコープを外し、スマホをジャケットのポケットにしまって顔を上げると、アパートに向かって歩く女の姿があった。


「どうやら、大当たりってとこか?」


 リュックを背負い、アパートに向かう十文字。

 アパートの前を通り過ぎ、女とすれ違ったところで、振り向きざまに声を掛ける。


「東さんに何か御用ですか? 竹之内みどりさん?」


ピクリ、と女が振りむいたと思ったら、弧を描いて右足の回し蹴りが飛んできた。


「あっぶ」


 ね、と言い終える間も与えず、左ボディ、右のハイキック。

 摺り足で少し下がったところに、ワンツーで間合いを詰められて、再び右足のハイキック。と思って思わずガードを上げ掛けたところに、体を沈めて左足での足払い。


「やべ」

  と、右足を受け流し、何とか堪えたと思いきや、半身にされた視界から女の姿が消えていた。

 少しエビぞり状態で後ろにバランスを崩したところへ、首に腕を回される十文字。


 ――やべえ、完全にキメられた。

   元陸上自衛官が聞いて呆れる。


 重心を取り戻そうと、足を蹴って腰を落とすが、相手も下がって十文字の思うようにはさせてくれない。

 じりじりと、静かに、確実に、容赦のない三角締めが十文字の意識を奪いにくる。

 十文字の苦悶の表情も、徐々に赤みを増していく。


 ――いかん、オチる。


 と思ったその時、がくっと十文字の首を絞めていた力が緩んだ。


 へ? と思って振り返ると、そこには、依頼人の白石保奈美が立っていた。


「間に合って良かったですわ。十文字さん」


 と、そこへ静かに滑り込んできた1台のセダン。

 パワーウインドウがすすーっと下がり、イケメンハーフが顔を覗かせた。

 

「だいぶ体なまっちゃったんじゃないですか? モンジ先輩」


「龍太郎?!」


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