第06話 探偵たるもの、尾ひれ、背びれ、胸びれまでっ、てな


 それから3日間、崎村良平を張った結果、3日目の土曜日の午後、娘婿は動いた。

   

 休日出勤の建前か、土曜日だというのに、スーツ姿で馬堀海岸の自宅を出た良平の車は、会社ではなく横浜のホテルに向かった。


 名の知れた高級ホテルのロビー。

 腰を上げて良平を迎えたのは2人の女性。

 1人はアイドル系の顔立ちの小柄な女性で、もう1人は、沙織の髪を切っていた美容師、竹之内みどりに間違いない。


 さりげなく3人の横を通り過ぎながら、証拠写真を左手に収めた十文字。

「証拠写真よし……。はいいんだが」

 

 ――なんか……

   依頼が被ってきた気が

   するんですけど?


 アイドル系と良平は、そのままホテルの部屋に消えていった。

 十文字は、竹之内みどりを追う。


 ――探偵たるもの、

   尾ひれ、背びれ、胸びれまでっ、

   てな。


   *   *   *


 電車で移動する竹之内みどりを追って、十文字は京急馬堀海岸駅そばのスーパーに向かっていた。

 竹之内みどりは、スーパーに向かって歩いていく。

 その先には、1人の女が立っていた。

 

 ――どういうことだ?


 その女は、英輔が逢引きしていた沙織もどきだった。

だが、2人は挨拶を交わすでもなく、ただすれ違った。

 それまで、じっとその場に立っていた沙織もどきは、すーっと駅に向かって歩き始める。


「どうする?」


 ――義姉ねえさんもどきは、これから義兄にいさんと逢うのかもしれないが、既に証拠は掴んでいる。となれば、竹之内みどりがここに何をしに来たのかを確認する方が大事なはずだ。


 十文字は、素知らぬ顔で沙織もどきをスルーして、竹之内みどりを追った。

 竹之内みどりと沙織もどきがすれ違う瞬間は、左手に記録された。


「さて、何処に行った?」


 挙動不審に思われることが無いよう、さりげなく周囲を見回す十文字。

 竹之内みどりは、駐車場の脇で、スーパーの方を見て立っていた。

 十文字が、監視するのに程よい場所を探していると、ふと、竹之内みどりが誰かに気付いたのか、踵を返して駐車場から離れていく。

 その視線を負うと、買い物袋を下げた1人の女性。

 車のキーを探しているのか、ポケットやらバックやらをまさぐっている。

 

 ――あれは、崎村良平の妻、

   知世じゃないのか?


 買い物袋から覗く長ネギに、今夜はすき焼きか? などと見ている十文字の視界に急に現れた1台の車。音も無く静かにこちらに加速して来る。


「おいおい、ヤバいぞ!」


 ちょっとすいません、と、バックをまさぐっている崎村夫人を押しのける十文字。

 ひゃあ、と小さな悲鳴を背に、右手のプレートをカチャりと浮かし、加速して迫る車に向かって腰を落とす。 

 10メートル程に迫る車と慌てた表情の運転手の顔。

 

「間に合え!」


 正拳突きのように繰り出した右手の甲から、出力MAXのレーザーが放たれた。


 パン、という破裂音とともに右の前輪が弾け、車の軌道が変わる。

 ブレーキ音を軋ませながら、それでも車の側面が十文字を薙ぎ払うように迫るところを、十文字は立って両手で受け流した。


「すいません。怪我はありませんでしたか?」 

 振り返って、崎村夫人に声を掛けるが、突然起こった事故に唖然としたのか、夫人は何度も頷くだけだった。


 そりゃ良かった、と言って颯爽とこの場を去ろうとした十文字だったが、右足が動かない。よくよく見れば、右足のつま先が車の左後輪に踏まれている。

 よいしょ、と車体を後ろに押しつつ右足を引き抜く。

 十文字のブーツは、踵にも金属を入れた安全靴だ。

 さて、これで終了、と思いきや、おっとり刀の警官が駆けつけてきて来たところだった。

 見回すと、崎村夫人はおろか、竹之内みどりの姿もその場からは消えていた。


   *   *   *


 車を運転した男が警官に事情を聴かれている間、十文字は、男の身元を確認していた。

 十文字の左手は、警官に差し出された男の免許証をしっかり記録している。

 男の名はあずま孝太郎35歳。車はまたまたEXVエグゼブ製のEV車だ。


 十文字も事情を聴かれたが、車が急加速して襲ってきて、ヤバいと思ったら、パンという音がして、車が逸れていった。弧を描いて薙ぎ払うような車に両手をついて受け流した。と話をする。

 何でこんなとこにいるのか、と聞かれたので、浮気調査でターゲットを追っていたが、この騒ぎで見失った、と話したところ、災難だったな、と開放された。


 ――俺、嘘は吐いていない、よな? 

   言わなかった事はあるけど。


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