第05話 おいおい、あの義姉さんもどきは、指紋までコピーしてるってことか?
翌日、ディスプレイにスマホから取り込んだ画像を出して、思い悩む十文字。
「どうすんだ。これ?」
『ピンポーン』
はあー、と朝から10数回目となるため息に被さるかのように、来客のチャイムが鳴った。
十文字への依頼は、大抵は子請けの会社からメールやSNSで飛んでくるので、この住居兼事務所には滅多に来客が無い。
「はーい」
と覗いたインターホンには、妙齢の女性の姿。
『突然すみません。浮気調査のご相談に伺いました。お時間大丈夫でしょうか?』
「大丈夫ですよ。少々お待ちください」
共同玄関を開錠し、?を浮かべながらも、仕事ならばと、そそくさとダイニングテーブルを片付ける。
『ピンポーン』
程なく鳴った部屋のドアホンに応じてドアを開ける十文字。
どうぞそちらにお掛けください、と、十文字は、女性に席を案内すると、キッチンに立ち、来客用のグラスに、キューブアイスを入れ、ペット茶を注ぐ。
「お忙しいところ、すみません。わたくし、白石保奈美と申します」
手で、お茶どうぞとジェスチャーをしながら、十文字が女性に水を向ける。
「浮気調査のご相談ということでしたが?」
「はい。ある会社の役員の娘婿に浮気の疑いがありまして……」
と話の頭出しをしつつ、白石という女性は、鞄から資料を取り出して、ダイニングテーブルに次々と並べていく。
「わたくしどもの会社は、こちらの三崎造船の関係会社でして、崎村取締役には大変お世話になっているものですから、少しでもお役に立ちたくて……」
テーブルには、三崎造船の取締役、崎村政親55歳、その娘知世26歳、そして、その娘婿、崎村良平30歳の写真が並んだ。
「こういう問題は、ご家族が直接依頼すると、拗れることもございますから」
そう言って、崎村良平の自宅住所、職場住所のメモと地図を差し出す。
「そうした忖度で仕事を受けることはあまりないのですが……。大きな会社ともなると、そういうものなんですかね」
「お願いしたいのは、1週間の張り付き調査です。崎村良平氏の行動を追って、浮気の証拠を押さえて頂きたいのです」
すっと差し出される封筒。
「こちらは、報酬です。充分な証拠が得られた場合は、その時点で打ち切っていただいて構いません」
「失礼します」
封筒を受け取り、中身を確認する十文字。
「これは……」
いつも孫請け仕事ばかりしている十文字からすると、その金額は、3週間分に匹敵する金額だった。
崎村良平の職場は横須賀。合間に義姉の見舞にも立ち寄れそうである。
「いかがでしょうか?」
「ちょうど、別件が片付いたところでしたので、今日からでも動けますが」
「そうですか、それは良かった。お願い出来ますか?」
「はい、請け負いましょう」
十文字が領収書を渡すと、白石保奈美は、こちらわたくしの連絡先です、とメモを置き、改めましてよろしくお願いします、と丁寧に頭を下げて帰って行った。
* * *
どのみち、崎村良平が動くのは夕方からだろうと、先に沙織を訪ねる十文字。
「わー、ありがとう。ほんと助かるー」
スマホ一式を受け取りながら感謝を述べる沙織。
「それで、英輔のこと、何か分かった?」
「まだ始めたばかりだし、他の案件もあって、まだ報告するようなことは……」
と弁明するも、沙織の目をまともに見れない十文字。
そうなんだ、と言いながら、早速スマホを取り出し、セッティングを始める沙織。
「そういえば、
「まあね。営業部門と違って、うちみたいな研究所の場合は、外へは持ち出せないんだよね。ほとんど内線電話って感じだから」
「会社のセキュリティってIDカード使うんでしょ。生体認証とか暗証番号とかも使ってるんですか?」
「うぅうん。入館するのはIDカードだけど、私の職場の区画は、ちょっと厳しくて、指紋認証が必要なのよ」
「じゃあ
「そうよ。ひとりずつ認証するから、一緒に入ることも出来ないわね」
「そうなんですか」
――おいおい、あの義姉さんもどきは、
指紋までコピーしてるってことか?
「それがどうかしたの?」
「いや、探偵たるもの、話の尾ひれだけじゃなく、背びれ、胸びれまで引き出すもんだって、師匠に教えられてまして」
「あはは。盛った話聞いてどうすんのよ」
ケタケタと笑う沙織に、憂いを含んだ眼差しを向けながら十文字は腰を上げる。
「あ、義姉さん、俺、そろそろ行かなきゃなんですが」
「ちょっと待って、その前に」
と言って、スマホをかざす沙織。
「なんかねー。電話帳は大丈夫だったんだけど、SNSのデータが全部飛んでてさ。悪いけど、もう一度連絡先交換してって貰えないかな。あと振込先もね?」
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