第04話 不倫のようで不倫でない。浮気のようで浮気でない。それは何かと尋ねたら?


 翌日、沙織のスマホを調達したその足で、沙織の職場、YRP横須賀リサーチパークに、愛車クロスエッジを駆って向かう十文字。

 ちょうど昼食時には間に合いそうだ。


 テレスコープを付けたスマホを手に、車から正門の見えるところで張っていると、11時半頃、義兄の重松英輔が女性を連れて出て来た。


「あれ?」


 英輔が連れている女性は、どうみても義姉沙織の容姿である。

 胸にはIDカードをぶら下げ、同僚らしき女性に手を振って別れている様子は、まるで沙織が職場で働いているようにしか見えない。

 十文字は、何枚かの望遠写真を撮ると、いったんその場を後にした。


   *   *   *


そして、その日の18時過ぎ、再び張り込んでいると、正門から英輔のSUVが出て来た。助手席には沙織もどき。


 十文字は、尾行を開始する。

 英輔のSUVは、自宅のある久里浜方面ではなく、横須賀方面に向かっている。

 程なく小洒落たラブホテルが見えてくる。

 SUVは、ホテルの駐車場に消えていった。

 ここでも一応、スマホに記録する。


   *   *   *


 待つこと3時間、ようやくホテルの駐車場から英輔のSUVが出て来た。

 SUVは横須賀方面へ向かい、京急北久里浜の駅で沙織もどきを降ろすと、久里浜へ戻って行った。もちろん、ここもシャッターチャンス。


「何だよ。――義兄にいさん、真っ黒クロ助かよ」


 半日で、何の苦も無く状況証拠が揃ってしまった。あまりにもあっさりと。

 シロであって欲しいという期待も虚しく、英輔はクロだった。


 ――これが通常の浮気調査であれば、

   おいしい仕事なんだが……。


 十文字は、じっと思考を巡らせる。


 ――果たして、

   これは本当にクロと言えるのか?


   義姉ねえさんが入院している時に、

   義兄さんは義姉さんもどきと逢引き

   していた。

   だが、ただのそっくりさんが、職場

   に受け入れられるものなのか?

   職場の同僚達は、

   義姉さんもどきを義姉さんと見做し

   ていたことになる。

   義姉さんが2人いることを知ってい

   るのは、世界中で義兄さんと俺、そ

   して義姉さんの偽物だけだ。義兄さ

   んは、誰に隠すわけもなく、大っぴ

   らに行動しているが、俺と義姉さん

   にだけは隠している。



「あーーーー、ちきしょう!」

 どん、とハンドルを右手で叩いて声を上げるが、受け入れ難いモヤモヤは晴れることはなく、さらに重く十文字にのし掛かる。


 ――不倫のようで不倫でない。

   浮気のようで浮気でない。

   それは何かと尋ねたら?

 

「――って、解るか!」


 十文字は、今度は両手で、どん、とハンドルを叩いて顔を埋める。


「はあーーーーー、どうしよう……」

 

 長い溜息の後、助手席に置いたスマホ一式に目をやった十文字の口からは、力の抜けた細い呟きが漏れるだけであった。


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