第十一話~喜びの再会~



 目が合った瞬間に、可憐の目から涙が零れた。

 それは葵も同じで。

「葵!」

「可憐~!!」

 互いに名を呼び合って抱き合って、しばらくの間、2人してわんわん泣いていた。





 宮廷魔導師の、バルマーカス・エストラダが宮廷に帰ってきたと、宰相フレイザーからの連絡がきたので、可憐は仕事の休憩中を見計らって会いに向かった。

 途中、宮廷錬金術師のリーキーと侯爵令嬢のプティと合流し、3人でバルマーカスの研究室へ。場所は、下働きとして働いている時に把握している。


 その部屋は、リーキーの研究室とは違って、王宮の地下ではなく、塔の上。昼間なので、ガラス窓の向こうから、光が差し込む、そんな部屋。


 そこには先に、フレイザーと、何故か国王のレオンが先に到着していて……。

 相変わらず、惚れ薬の効果は効いているようで、可憐に熱い視線を送ってきた。

 けれど、そんなもの、今の可憐はどうでもいい。


 その部屋に、葵がいたから。

 そして、冒頭の話に繋がるのだ。


 ひとしきり、2人して泣いて、それから暫くして落ち着いてから、可憐は口を開いた。

「葵、なんでここにいるの?」

「あんたを探しに、だぁよ。面白そうって思って試してみたけど、まぁさか魔法陣がホントに発動すんなんて……」


 今度は本物だと笑って言っていたのに、発動するとは思っていなかったとは、矛盾してないか? と思わないでもない可憐であったが、葵には葵なりの考え方があって、そうなのだろうと思うので、あえてツッコミはしない。


 それから、葵に詳しい話を聞いた。

 可憐が魔法陣から消えた事にあわてた葵は、今度は自分が魔法陣の中に入って同じ儀式をし、こちらの世界へ転移してきたらしい。

 転移先は、この国の隣国にある、未開の森。狼に襲われていた所を、宮廷魔導師のバルマーカスに助けられ、今に至ると。


師匠せんせいがね、この転移魔法には天体配置も関係してて、その条件に合わないと発動しないって教えてくれただぁよ」

 魔法について色々教わった事もあり、葵はバルマーカスの事を師匠せんせいと呼んでいるらしい。

 更に、葵には超天才クラスの魔法の素質があるらしい。


ーーーチートものの主人公かよーーー


 と、思わず思った可憐だが、そのお陰で、条件さえ揃えば、元の世界に帰れるのだから、結果オーライではあると考え直す。


「現在の天体配置を調べるには、夜にこの塔の最上階にある大六分儀が必要になる。だから、転移魔法についての結論は夜にでるよ」

 バルマーカスの言葉に、星の位置を見るのだから夜にならないといけないのは当たり前かと、可憐は納得。

 と、その話に口を挟んだのはレオンだった。

「なら、日暮れまでは時間があると、そういう事だな」

 彼の言葉に、とても嫌な予感がする可憐。

「可憐、日暮れまで私とサロンでお茶でも……」

「下働きの休憩時間を使ってここにいるので、もう、仕事に戻ります。仕事が終わるのが日暮れ過ぎなので、その頃に来ますね」

 レオンの誘いの言葉を遮って、一息に言葉を紡ぐと、可憐は急ぎ気味にバルマーカスの研究室から出ていった。もちろん、葵には「また後で来るからね」と言葉を添えて。

 閉まった扉の向こうで、レオンがどうなったのかは、気にしないでおく。

 たぶん、凹んでそうだとは思うが。







 この国の王だという男性、レオンが可憐に気がある様子なのは、目の前で起きた一連で葵にも察することが出来た。

 可憐がそれを袖にしていることも。


 お茶の誘いをあっという間に断られ、涙目でがっくりと肩を落とす金髪碧眼イケメンの姿は、なんだか滑稽だ。


「お前がするのはお茶じゃなくて、仕事だろうが。カレンに会わせないとボイコットするとか駄々を捏ねるから、大人しくしとくのを条件にここに連れて来たんだ。彼女に会えたんだから、仕事をするのは当然だよな?」


 そう言って、落ち込んでいるレオンの首根っこを掴んでいるのはフレイザー。そのまま、レオンを引きずって部屋から出ていった。

 なので、確認の為に質問出来るのは、プティとリーキーの残った2人だけだ。


「あのぉ……、ちょっと聞いても良いです?」

 そっと手を挙げて葵が伺うと、プティが反応してくれる。

「なぁに~? 私に答えられることでいいなら、なんでも聞いてぇ~」


 にこにこと優しい笑顔と、言葉が返ってきた。

「王様は、可憐の事が好き……です?」

 そんな葵の質問に、プティとリーキーが困ったような、申し訳なさそうな顔。


 訳が分からず、葵は思わずバルマーカスに視線を送った。すると、バルマーカスも葵と同じだったのか、困惑した顔で葵に視線を向けている。

「何か……あったのかな? 教えてくれないかい?」

 バルマーカスの質問に、口を開いたのは、リーキーだった。


 リーキーの話を聞き、葵は驚きのあまりポカンとした顔になり、その隣ではバルマーカスが大笑いしている。

「そんな面白い……基、大変なことになってたのか」


 腹を抱えて笑うバルマーカス。

 はたから見たら面白いけれど、巻き込まれた可憐は大変だろうなぁと、話を聞いて葵は思う。

「だからねぇ~、早めにお家に返してあげたいの~。帰った先が異世界なら、追いかける事も出来ないでしょ~?」


 可憐が元の世界に帰ってしまえば、追いかけられない事を理由諦めさせられる。そして、惚れ薬の効果が切れるのを待てば良い……という考え方らしい。


 けれど、葵は不思議に思う。

「どうして、王様が惚れ薬の効果で可憐を好きになってるって王様本人には言わないですか?」

 疑問を口にすると、プティとリーキーだけでなく、バルマーカスも苦い顔になる。どうも、言えない理由がある様子。


「どんな理由であれ、国王に内緒で薬を盛った時点で重罪なんだ。国王に対して、横柄な態度をとる事とは比べられないほどの罪の重さなんだよ」

 そう、説明を口にし始めたのは、バルマーカスだった。


「惚れ薬を宰相閣下が盛ったと陛下が知ったら、陛下はそれを断罪しなければならなくなる。見逃す事は許されない」

 見逃しては行けない、罪が存在するのだ。それが国王に無断で薬を盛ること。そしてそれを見逃すのは、国の秩序を乱すことになりかねない。


 だから、相手がどんな人間であれ、レオンは裁かなければならなくなる。

 そう説明されたが、葵にはいまいち理解が出来ない。内緒にする事がどうして出来ないのだろう。

 理解は出来ないが、この世界ではそういうものなのかなと、飲み込みはする。


「しかし、宰相フレイザー閣下は、国王陛下の右腕と言っても過言ではない、この国にとっては重要な地位にいる存在だ。そんな彼が処刑されようものなら、この国は大変な事になるだろうね」

 バルマーカスの言葉に、プティとリーキーがうんうんと頷いている。


「大変な事……ですか?」

 葵がまた問うと、バルマーカスが大きく頷いた。

「我が国の国王レオン・レーウェリオーネ陛下は、誉れ高き名君だ。若年ながら、王として立派に働いている方だ。けれど、それだけでは、軍事大国であるこの国の維持は難しいんだよ……」

 バルマーカスの言わんとしたことが、葵にも理解出来てくる。


「宰相さんの力もないと、この国は維持できないってこと……です?」

「そうなの~。フレイザーの変わりは、そう簡単には見つからないのよ~。そんなことになったら~、また、この国で権力を手に入れたいおじ様方が暗躍をはじめちゃうし~」


 葵の質問に、今度はプティが答えた。

「そうなったら、我が国の内政は大変な事に。それが国内だけの影響ならばよいけれど、下手をすれば、他国との同盟基盤が揺らいで、戦争に発展しかねない」

 更に、リーキーも言葉を加える。

 フレイザーを死なせたら、この国の大損害になる。だから、国王に惚れ薬の話は出来ないのだと。


「フレイザーがさ、可憐が元の世界に帰ったあと、まだ、惚れ薬の効果が続いているなら、惚れ薬の話を陛下にするって言い出した時は慌てたね」

 その時を思い出しているのだろうか、リーキーが肩を竦めた。


「宰相閣下は真面目だからね。そう考えても無理はない」

 バルマーカスがクスクスと笑う。

「どうにか~、惚れ薬の件はレオン本人が、それに気付くまで黙っているって話に、落ち着かせたよ~。説得、大変だったわぁ~」

 プティが大きなため息をつく。 


 惚れ薬の件を知っている人間はそう多くなく、口止めは難しくないので、今は、惚れ薬の件は秘密事項として扱う事になっているとか。


 バルマーカスに、この国についての話は聞いていた葵は、そう説明されて、納得いく部分もある。

 けれど、納得出来ないことも。


「宰相さん、自分が死んだらこの国が大変な事になるって、思い至らなかったですか?」

 成功しても、いずれは惚れ薬の話がバレてフレイザーは処刑されてしまう末路。


……失敗して、何の成果も得られないままでも、同じく、いずれバレて処刑されてしまう。

その後の事をなぜ考えて居ないのか……。


 有能な宰相なら、その位思いつくのでは?と、葵は思ってしまう。

「フレイザーはねぇ~、有能な姫君のマリアちゃんを王妃にすれば、自分は死んでもこの国は大丈夫って思ってて~」


「まず、その考え方がちょっとズレてんねぇ、あのバカ。自分の作戦は失敗しないと思ってたみたいだし」

 プティの言葉に、リーキーが更に重ねる。


「まあ、マリアリナーシャ公女なら、フレイザー閣下と同等の能力を発揮してくれそうではあるけれど。でも、違うそうじゃないって感じだねぇ」

 プティとリーキーの話を聞いて、困ったと言わんばかりに眉を顰めるバルマーカス。


「この国の宰相さんは、とっても頭が良くて、とっても有能だけど、おバカさんって事ですか?……って、あっ」


 思わず言ってしまったが、さすがに酷いことを口にしてしまったと気づいて、葵は口を両手で塞いだ。

 3人を怒らせてしまったかも……と、思ったのだけれど、そんなことはなく。


 3人ともうんうんそうそうと、一様に首を縦に振っている。


ーーー宰相さん……どんだけバカにさてるだぁよ……ーーー


 自分の発言を棚に上げて、フレイザーが可哀想だなと、思ってしまった葵だった。




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異世界転移した先で、イケメン国王に一目惚れされたと思ったら、錬金術師の作った惚れ薬のせいでした!! Seika @seikak

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