第十話~それぞれの10日間~



 可憐は、レーウェリオーネ王国宰相、フレイザーの計らいで、王宮の下働きとして働く事になった。

 身分も何も無い人間を、王の寵愛ちょうあいを受けたからといって、無条件で王宮にとどめる訳にはいかない。

 というのは建前で。

 惚れ薬の効いているレオンが、可憐に手を出さないよう、彼の手が届きにくい場所で守るためのこと。


 それならば、他の使用人たちの目もあるので、可憐の身は安全だろうと。

 レオンが可憐に何がちょっかいをかけるようなことがあれば、フレイザーに報告がいくようになっている。

 3日前に、レオンが可憐に会いに来た事があったが、誰かしらが報告したようで、鬼の形相をしたフレイザーが即座にやってきて、レオンの首根っこを掴んで執務室へと引きずり戻していた。


 王宮での下働きというのは、大変な仕事だけれども楽しいもので。

 この王宮の使用人、なかでも位の低い下働きは、数人一部屋で、共同生活をしながら働いている。

 朝目覚めたら、下働き用のお仕着せを着て、使用人達の食堂でみんなで朝食。

 それから、それぞれ仕事の持ち場につく。


 仕事の内容は、そう難しいものではなくて。基本は水汲みと、掃除、洗濯、草むしりなどなど。

 けれど、王宮はとてつもなく広く、仕事量も多いので、下働きみんなで手分けしても、すぐには終わらない。

 そんなこんなで、あっという間に日が暮れてゆくのだ。


 そんなある日のこと。


「どう~? まだこっちに来て10日しか経ってないけど、少しは生活に馴染めてきた~?」

 その日、仕事の途中に可憐を呼び出したのは、侯爵令嬢のプティだった。

 可憐の様子を知りたかったようだ。


 王宮内にある、サロンの一つで、プティはお茶を片手に近況を聞いてきた。

「はい、おかげさまで……。仕事も少しづつ覚えてきましたし」

「なら良かった~。困ったことがあったら、何でも教えてね~。力になるから~」


 そう言って、プティは可憐を気にかけてくれている。

 彼女は、のんびりとした口調とおっとりとした雰囲気で、使用人達に優しく、気遣いをしてくれる貴人だと、使用人達に人気の高い令嬢だ。


 下働き仲間の娘たちの会話に、プティの名はよくでてきた。

 突然現れた、得体のしれない人間である、可憐に対してもこうなのだ。人気が高いのも頷ける。


「ありがとうございます。今のところは……家に帰れない事を除けば、問題ありません」

 可憐がにこやかにそう返すと、プティは本当に?と首をかしげた。


「何日か前に、レオンが君のところに突撃したって聞いたけど~?」

 その話は、プティにまで届いていたようで。

「使用人の誰かが、即座に宰相さん……じゃない、宰相様に連絡してくれたので、すぐに回収されていきました。だから、実害はありませんでしたよ」


 可憐がそう答えると、プティは良かったと言ってほっとした様子で微笑む。

 そんなプティを見て、可憐って言葉が似合うのは、絶対にこの人だよなぁ……と、可憐は心中で独り言ちた。


「あ、そうそう~。今日君を呼び出したのはねぇ~、君の近況を知りたかったのもあったんだけど、伝えておきたいこともあったの~」

 本当はフレイザーが伝えるはずだったのだが、プティが可憐に会いたいからと、その役目をもぎ取ってきたらしい。

「伝えておきたいこと?」

 可憐はきょとんと小首を傾げた。なんだろう? と。


「宮廷魔導師のバルマーカスがねぇ~、もうすぐ帰ってくるんだって。今朝、伝書鳩で隣の国とうちの国との国境を越えたって連絡があってねぇ~」

 あと、4〜5日あれば、王都に到着するらしい。

「じゃ、その人が帰ってくれば……」

「君の話をして、お家に帰せないか聞いてあげるからねぇ~」


 お家に帰れるといいねぇ~という、プティの言葉を聴きながら、可憐の心は期待で満ち溢れた。

 この世界にきて、10日も経過している。きっと家族や友達が心配しているだろうなと、可憐は思う。


 葵も、自分のせいで大変な事になってしまったと気に病んでいるかもしれない。

 早く帰って、みんなを安心させたい。


 あと数日が、とても待ち遠しかった。









 魔導師バルマーカスに連れられて、旅をすること10日。

 どうも、葵は魔法の才能がある事が解った。バルマーカス曰く、超天才レベルらしい。

 バルマーカスに教わった魔法を、葵はほぼ2日以内に習得出来てしまう。それが、通常であれば、才能があっても1年は習得に時間がかかる魔法であっても。


「君はウィッカーラディアの再来だよ。彼女も、君のようにほとんどの魔法を数日以内に習得したと伝えられてるんだよ」

 魔法の才能を開花させる葵を見て、バルマーカスはウキウキとした様子だ。


 教えれば教えるだけ魔法を習得してゆく葵を見るのが楽しいらしい。

「ああ、アオイにあの魔法も教えたいなぁ。……でも、君はいずれこの世界から居なくなってしまうんだよね……」


 とても残念そうなバルマーカスの声。

 幼なじみの可憐を見つけて、元の世界に帰る。それが、葵の目的だ。

 せっかく色々な魔法を教えてくれているのに、葵は少し、申し訳ない気持ちになる。


 けれど、可憐を実験の犠牲にしてしまった以上、彼女を見つけ出して元の世界に戻るのは絶対に自分がやり通すべき事。譲れない事だった。


 そして、その為には、必要な事が2つあると、葵は考える。

 ひとつは、魔導書にあった異世界転移の魔法に必要な条件がいつまでなのかを知ること。

 もうひとつは、可憐を探す旅をする為に、必要最低限な知識や魔法を覚えること。


 今、バルマーカスと共に向かっているのは、彼の研究室のあるレーウェリオーネ王国の王宮。

 そこに行けば、異世界転移の魔法が発動する条件である、天体配置図が今の天体配置と同じであるか、もしそうでない場合は、次はいつそうなるかが解るらしい。


 そして、その道中、1人で旅をするに必要な知識や魔法を教えて貰っている。

 教わった魔法がすぐに使えたのには、本当に驚いたものだ。

 そして、この世界についても色々と教わった。


 この世界、現在はレーウェリオーネ王国という軍事大国の存在が抑止力となり、戦争が起きる事はごく稀の状態。それなりに平和な状態であるらしい。


 昔は、どこかしらで戦争が起きては、多数の犠牲者が出ていたとか。

 けれど、3代ほど前のレーウェリオーネ国王が、自国を軍事大国へと成長させることに成功し、今のような状態が保てるようになったらしい。


 故、現在、この世界で人々の命を脅かすもののほとんどは、天変地異か魔物であるらしい。

 魔物は、未開発な土地、発展途上の土地に多く現れ、人によって拓かれ、時間がたった場所に現れるのは稀だとか。

 以前、葵が見た冒険者達が、退治する魔物がそれなのだと。


 ちなみに、葵が異世界転移の魔法で現れたあの森は、その未開発な土地に該当し、襲われたのが狼だったのは、まだまだマシだったとの事。


 下手な魔物に襲われていたら、助けが間に合ったかも分からなかったと、バルマーカスに聞かされた時、葵の背筋は冷たく凍った。


 そして、不安にもなる。

 もしも、可憐が未開の地に転移していたら?

 魔物に襲われていたら?

 もしそうだったら、どうしよう……。

 と、その時だ。


「おーい、アオイ? 私の話を聞いてるかい?」

 バルマーカスの声に、葵ははっと我に返った。

 どうやら、色々と考え事をしていたせいで、彼の言葉のいくらかを聴き逃してしまったようだ。


「ごめんなさい、何の話……でしたっけ?」

 葵は素直に聞いていかなったことを謝る。

「これからと同じように、ちょくちょく転移魔法を使うから、あと4~5日もあれば、王宮に着くよ。そこで、天体配置について調べ終わったら、君とはお別れになる。それが残念でならないって話だよ」


「……ごめんなさい。色々と良くしてもらってるのに……」

「その代わり、その魔導書の写本を作らせてくれないかって話を受けてくれたじゃないか。君という存在から比べたら下がりはするものの、魔導書の写本だってかなりの値打ちがあるものだよ。それだけでも、代価としては十分さ。それに……」


「それに?」

「君は良い子過ぎてほっとけないし。出会ったのが、私みたいな一国に仕える人間であったから良かったものの、そうでなかったら、下手をすれば娼館やら奴隷商人やらに売られてたかもしれないし」


 そう言われて、確かにそうだなと、葵は今更ながらに思った。


「君は幸運に恵まれてる子だよ。だからね、君のお友達も無事でいて、きっと必ず見つかるさ」

 目深に被ったフードの向こうで、バルマーカスの赤い瞳が優しくきらめく。


 もしかしたら、葵が不安を感じた事に気づいていたのかもしれない。

「ありがとうございます」


 葵は、バルマーカスのその言葉を信じて、先に進むことに決めた。




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