第九話~転移魔法と天体配置図~
深い森の奥から、その外にある小さな宿場町まで、一瞬で飛んでゆく。それが転移魔法というもの。
この魔法を使った、目の前にいるバルマーカスという名の白髪赤眼の男性を、葵はちらちらと横目で盗み見る。
宿場町の一角に、食堂兼宿屋があるからと、バルマーカスが案内している道中での事だ。
薄暗かった森の奥とは違い、光のある空の開けた町は眩しすぎるからと、彼はフードを目深に被っていた。
その姿も、魔導師らしいと、葵は思って内心ワクワクする。
魔法のある世界に自分が居ることに、心が沸き立ってしまうのだ。転移魔法で、可憐の事を飛ばしてしまった、罪悪感ももちろんありはするのだが。
けれど、目の前で魔法を見せられてしまっては、気持ちが高揚するのは無理もないと、葵は思う。
バルマーカスが、転移魔法を使うといった時も、ついついワクワクしてしまったし。
彼がなにやら呪文らしきものを唱えると、足元に魔法陣が浮かび、2人の周りが光で包まれて。
気が付いたら、森ではなく町の入口らしき場所の近くに居たのだから、転移魔法って凄いなと、葵は感激してしまう。
なんて、そんな事を考えているうちに、食堂兼宿屋へと到着した。
町の通りを歩いていた時も気付いたのだが、この町は人が多い。食堂件宿屋の、食堂部分にも、人がごった返し、賑わっている。パッと数えるだけでも20数人は居そうだ。
繁盛しているのか、この店はとても広い。
金属や革の甲冑をつけた、ごつい体つきの男性。ローブに身を包んだ、少し細身の男性。漫画やアニメなどで見た事のあるような格好の男性たちがいっぱいだ。
もちろん、鎧をつけた女性、ローブを着た女性も居はするのどけれど、数人だけ。男性の比率が多いようだ。
「この町は宿場町だからね。冒険者たちが多く立ち寄るんだ。だから、人がとても多い」
食堂内の様子を見ていた葵に、バルマーカスが説明をしてくれた。
「冒険者?! ギルドとかあるですか?!」
冒険者という言葉の響きに、葵の心がまた更にワクワクしてくる。
「あるよ。薬草取りのお使いから遺跡探索、モンスター退治まで、ギルドが発注する依頼ならなんでもこなすのが、冒険者たちなんだ」
冒険者達について、もっと聞きたいと、葵は思ったのだけれど、その時だ。
葵の腹が大きな音をたてた。冒険者達の声で、結構な喧騒の中であるというのに、バルマーカスの耳に届くくらいの。
さすがに恥ずかしい気持ちになり、葵は頬が熱くなる。
両腕に抱える魔導書にあった魔法を試したあと、可憐の家で夕食を取るはずだったのに、それが出来ないまま時間が過ぎたのだかは、当たり前と言えば、当たり前だ。
「君のお腹と背中がくっついてしまう前に、食事にしようか。ここの、キノコのシチューは絶品だよ。グリッシーニを浸して食べるのが私は好きでね」
くすくすと笑いながら、バルマーカスはそう言うと、手近な場所にあった空いているテーブルに、葵を誘った。
*
バルマーカスの頼んだシチューは、それ程時間がかかることなく席に届けられた。
それを、腹を空かせた葵という名の少女に勧めれば、彼女はすぐさまシチューに口をつける。バルマーカスも、自身の前に置かれたシチューを口にし始めた。
空腹の影響だろう、シチューはあっという間に彼女の胃の中に。
追加でデザートに、木苺のムースも注文して、一緒に食べた。
この食堂の食事は、どれも味が良い。
宮廷での食事も良いけれど、旅先で美味しい食事にありつける食堂を探すのも、楽しいものだとバルマーカスは思う。
閑話休題。
そして、食事を終えてひと心地ついてから、本題に入る事に。
彼女の持つ、魔導書と使った転移魔法についてだ。
バルマーカスはもう一度、葵の手元にある魔導書を預かった。
その中にある、彼女の使った術式のページを、しっかりとじっくりと見るために。
失われた過去の魔導書。
葵は、古本屋で手に入れたと言った。
食堂で腰を落ち着かせて、この魔導書を見てもやはりそうだ。
この魔法はとんでもないもの。
葵は、独学でこの魔法を使ったと言った。
しかし、この魔法は独学で扱えるような代物ではない。
それなりに魔法の知識がある、バルマーカスにすら解読できない部分がこの魔導書にある事もそうだ。
いや、今のこの時代、この世界に、この魔導書を全て解読できる人間などいない。そんなレベルのものであるというのに。
「これは、数百年前に失われた魔法でね。異世界転移の魔法なんだよ」
「異世界転移……やっぱりですか……」
「異世界転移の魔法だって事は、わかっていたのかな?」
バルマーカスの言葉に、葵はこくりと頷く。
「その……魔導書開いたら、見た事もない文字なのに何となく読める気がしたです……。それで、なんだか面白そうだから、幼なじみの部屋で、その通り試したら、本当に魔法が使えちゃったでして……」
葵の話を聞いて、バルマーカスはぎょっとした。
何となく読める気がして、その通りにやったら魔法が発動したなんて……。
「君は、ウィッカーラディアの生まれ変わり……なんじゃないのかな……」
この少女は、数百年前に実在したと言われる、大魔道士ウィッカーラディアの生まれ変わりなのでは?
バルマーカスはそう思わずにはいられない。
そんなバルマーカスの心中をよそに、葵は、不思議そうに小首を傾げた。
ウィッカーラディアのことを知らないのだろう。バルマーカスは、葵に彼女について説明する。
それは、魔導師達が弾圧されていた時代の話だ。
その頃には、ほとんどの魔導師が殺され、魔導書は焼き尽くされていた。
そんな時代に突如現れたのが、大魔道士ウィッカーラディア。
彼女は、まだ年端のいかぬ少女だったという。
大魔術師ウィッカーラディアは、学んだこともないのに魔法を、使う事が出来たと伝わっている。
そして、弾圧されていた魔導師達を救ったとも。
彼女の行いは、それまで最低であった魔導師の地位を向上させた。
今や、ひとつの国に最低でも1人は宮廷に仕える魔導師が存在するくらいに。
「まさか……そんな……」
バルマーカスの話を聞いて、葵は首を横に振る。
「生まれ変わり云々はさておいても、君はウィッカーラディア以来の逸材かもしれないよ」
バルマーカスは本気でそう思っている。
学んだことの無い魔法が使えたのだから。
「偶然、たまたま発動したかも……ですよ?」
「こんな高位な魔法が、偶然たまたま発動するとは、私には思えなくてね。しかも、2回行って2回とも発動してるじゃないか。それに、発動させられないなら、お友達見つけても帰れないよ?」
そう指摘すると、葵もハッとした顔になる。
「なんなら、明日にでもまた、異世界転移魔法を試してみるかい? 私の予想だと、また発動すると思うよ」
異世界転移魔法には興味津々だ。噂に聞く、異世界というものに行ってみたい。
存在は信じられているが、どんな世界なのかは謎なのが、バルマーカスにとっての異世界だ。
すこし、ワクワクした気持ちで、バルマーカスは異世界転移の術式が書かれたページをまた読み始める。
と、その端に気になる記述を見つけた。
「アオイ、このページのこの部分……読んだかい?」
魔導書を葵に向けて、テーブルの上で差し出し、件の場所を指さして問う。
「あー……読んだですが、よく分からなかったからスルーしたです。できると思ってなかったですし……」
この魔法、もしかしたら偶然もあって発動したのかもしれないと、バルマーカスは思った。
「この魔法は、この天体配置図と同じ星の位置になったときにしか発動しない代物みたいなんだ。私でも読める記述だから気づいたんだけれど……」
「ということは、たまたま星の位置がこの通りだったから、魔法が発動したって……ことですか?」
葵の言うその通りだと、バルマーカスも思う。
「もしかしたら、この星の配置の時は、二つの世界が繋がりやすいのかもしれないね。だから、魔法が発動した可能性がある。けど、問題はね、この星の配置がいつまでそうなのかってこと」
星が永遠にひとつの場所に留まることはない。つまり、今の星の配置も、時間と共に変わってしまう。星の配置が変われば、異世界転移魔法が使えない。
「そんな……」
バルマーカスの言葉に、葵が絶句した。
「異世界転移が使える星の配置がいつまでなのか……、王宮に帰って、私の研究室で調べてみないとわからないんだよねぇ……」
本当は、もうしばらく異国旅行を楽しみたかったのだが、目の前の少女は放っておけない。
バルマーカスは彼女を連れて、王宮に帰ることに決めた。
そして、宿で夜を明かして翌日。
バルマーカスは葵を連れて、母国へと足を向けるのだった。
道すがら、彼女がどれくらい魔導師としての才があるのかも見極めよう。
そんなことを考えながら。
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