第八話~イケメン無罪は通じない~
「で、俺の愛しいオニキスは見つかったのか?」
茶会がお開きになり、王宮内の執務室に戻るとすぐ、レオンはフレイザーに問う。
惚れ薬の効果はてきめん。レオンはあの黒髪の少女にご執心だ。
フレイザーは背中に、冷たい汗が流れるのを感じた。
プティからこっそり、あの娘はリーキーの研究室に保護しているという話は聞いている。しかし、レオンの目を誤魔化すために、王宮内の守護にあたる近衛の数名に、黒髪の娘を探すように手配しているとも。
そんな機転もあり、手際の良さはあるというのに、のんびりさと天然ボケが過ぎて、王妃候補から外れたのがプティだ。
とまあ、余談はさておき。
「プティが手配した近衛からは、まだ何も」
見つかるはずもない娘を探さねばならない衛兵には、こっそり迷惑料を支払わなければならないな……と、そんな事を思いながら、フレイザーは答えた。
「早く見つけ出してくれ」
レオンはそう言うと、うっとりとした顔をする。彼女のことを頭に思い浮かべているのだろう。
己が犯した大失敗とはいえ、頭が痛くなった。
世の中そんなに甘くないという、リーキーの言葉が脳裏に浮かぶ。全くもってその通りで。
レオンの様子から察するに、彼女が逃げおおせて見つからないと答えようものなら、仕事をほっぽり出して探しに行きそうだ。
「衛兵達に、急ぐように伝えてくる。あの子が見つかるまでに、今日処理する分の書類を片付けておいてくれ、国王陛下」
フレイザーは、執務室の机の上にある書類を指さしながら答える。それを見て、レオンは顔を顰めたが、仕方がないなと、素直に仕事を始めてくれた。
その様子に、ほっと胸を撫で下ろす。今日終わらせるべき仕事をほっぽり出すという選択肢が、レオンになかったのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。
そしてフレイザーは、執務室を後にし、宮廷錬金術師リーキーの研究室へと足を向けるのだった。
*
王宮の地下にあるリーキーの研究室。
そこにやってきたフレイザーに対して、リーキーは何故、可憐という少女がレオンとフレイザーの目の前に現れたかを説明した。
友人の遊びに付き合っていたら、発動しないと思っていた転移魔法が発動してしまった事。しかも、異世界からやってきたという事。
異世界があるらしいという話は、魔導師や錬金術師の中でも共通認識である事も、伝えておいた。
「なるほど、そういう……」
フレイザーががっくりと肩を落としている。まあ、無理もないかとリーキーは思う。
「けど、事態が拗れたのは、惚れ薬の力を借りて、陛下を結婚させようなんて考えたフレイザーのせいだぞ」
「すんなり惚れ薬を作ったリーキーも、同罪じゃなぁい~?」
マリアも可憐に会いたがったが、用事があったので断念したとのこと。
「それを言われると……」
作ることのまず無い薬であった惚れ薬を、作れる誘惑に負けて、リーキーが惚れ薬を作ってしまったのは事実で。
しかも、プティはその事にめざとく気づいて、痛いところをついてくる。
「だからねぇ、フレイザーとリーキーは、カレンちゃんを助ける義務があると思うの~」
プティの言は確かにそうで。リーキーとフレイザーは、研究室の椅子にちょこんと腰掛けている可憐に視線を向ける。
「もちろんだ。カレンが元の世界に必ず帰れるように、手配する」
フレイザーは可憐に向けて強く頷いた。リーキーも出来うる限りの助力はするつもりだ。
「それもそうなんだけどぉ~、レオンの魔の手からカレンちゃんを守らないとぉ~」
また、プティが鋭く突っ込んでくる。
確かに。惚れ薬の効果が効いているレオンを、どういなすかも大事な事だ。
「レディのお宅で保護して頂くのは?」
リーキーがそう提案すると、プティはうんうんと頷いた。
「そだねぇ~。探したけど見つかりませんでしたぁ~って事にしてぇ、カレンちゃんが帰れるようになるまで、うちで預かろっかぁ~」
その案でいくのが良さそうだと、話が纏まりかけたその時だ。
「なるほど、こんな所に俺のオニキスは隠れていたんだな」
研究室に、その声は響いた。
声の主はもちろん、国王レオンだ。
いつの間に、ここにやってきたのか……。
「フレイザー宰相閣下、なんで地上のドアの鍵閉めてこなかった……?」
リーキーは思わず、じとりとした視線をフレイザーに向ける。
「まさか、レオンがここに来れるとは思わなかったんだよ……」
大焦りのフレイザー。
レオンはこの研究室にトラウマがあるらしいと、以前、プティが話していた事がある。先代の宮廷錬金術師の時代の話らしいが。
だから、それを知る人物達は、この部屋には絶対にレオンが寄り付かないと思って、可憐を保護する部屋としたのだ…。
しかし、惚れ薬の威力恐るべし、である。トラウマさえ乗り越えてしまうとは……。
「また会えて嬉しいよ、俺の愛しい姫君」
レオンは、椅子に座るカレンに抱きつこうと、その両手を伸ばした。
が、それは慌ててフレイザーとリーキーで羽交い締めにして阻止。レオンの行いに、怯えて立ち上がったカレンを、プティが背後に隠して守っている。
「なんのつもりだ?」
レオンが不機嫌そうな声をあげた。
「お前こそ、あの子に何をしようとした?」
フレイザーは、レオンを羽交い締めにしたままで、そう返す。
「ちょっと抱き締めて、キスをしようとしただけだろう。なんの問題があるんだ?」
「いや、問題おおありのオオアリクイーンですよ、国王陛下!」
さも、その行いをするのは当然だろうと言わんばかりのレオンの言葉に、リーキーは思わずつっこんだ。
ちなみに、オオアリクイーンとは、辺境の荒野地帯に生息するモンスターの名である。
「合意もないのに、そんな事したらダメダメ~!」
カレンを守るプティも、抗議の声をあげる。
「イケメン無罪なんてもんは、この世に存在しねぇんだよ。そんなことがしたいなら、きちんと口説き落としてからにしろ!」
「フレイザー! イケメン無罪のくだりは賛同するけど、焚きつけるのはどうかと思うぞ!」
フレイザーの言葉に、つっこみを入れざるおえないリーキー。
「ってか今日中に仕上げろって言った書類はどうした?! いつから話を聞いてたんだ?!」
リーキーのつっこみを完全に無視して、フレイザーはさらに言い募る。
「書類はまだ終わってない。話は、プティが俺の魔の手から云々の辺りからだ」
律儀に返事を返すレオン。惚れ薬云々の話は聞かれていない様子。
「ちゃんと仕事をしろ!!」
フレイザーが怒りの声を上げるが、そもそも、仕事をほっぽり出すほど、女の子に入れこませたのはフレイザー自身だろうと、またつっこみたい気持ちになったのだけれど、惚れ薬の話をレオンに聞かせるのは、色々と問題がありそうだと、リーキーはそれだけは口を噤んだ。
それからすったもんだの末、書類の処理が終わった後にまた可憐に会わせるという約束をして、レオンをどうにか執務室に戻す事に成功。
「巻き込んじゃって、ほんとに、ほんとにごめんねぇ~」
レオンがフレイザーと共に研究室から去った後、プティが可憐に申し訳なさそうに謝っていた。
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