第六話~宰相閣下はやらかした~


 リーキーと名乗った男性から、可憐が聞かされた話はこうだ。


 恋愛結婚がしたいと駄々をこねる国王に対して、業を煮やした宰相が、縛り首覚悟で惚れ薬を使ってでも、国母として相応しい花嫁筆頭候補の令嬢と結婚させようと画策した。


 しかし、その作戦の途中で、可憐が現れた為、その惚れ薬の効果が、可憐に向かってしまったと、そういう事らしい。

 だから、正気に見えない目をしていたのか、あの人は……と、可憐は納得。


 地下である為、日がほとんど差し込まないその部屋は、昼間だというのに、ランプが灯る。ここなら国王は寄り付かないから大丈夫だと、連れてこられたのは、リーキーの研究室らしい。


 ランプの灯りだけが頼りなので、部屋の隅に仄暗い場所があって、少しだけ気味が悪い。1人で居ろと言われたら、嫌だと言ってしまいそうだなと、可憐は思う。

 なにやら、草の汁を絞ったような匂いのするその部屋の中央にある、テーブルを挟んで、可憐とリーキーは向かい合って椅子に座り、話をしていた。


「おバカ宰相閣下のおバカな行いのせいで、君には迷惑をかけちゃったねぇ。奴には、キョクトー国発祥の、スライディングドーゲーザーをさせるから」


 申し訳なさそうに言うリーキーだが、可憐はスライディング土下座と聞こえた事にツッコミを入れたくてたまらない。が、なんとか堪えた。

「いえ、その事はもう良いです。うちに帰れれば、あの王様に追いかけられるなんてないと思いますし……」


 これは間違いなく異世界転移だと、可憐は確信していた。タイムスリップという考えもよぎりはした。

 が、リーキーという男性と、かくまわれたアトリエで言葉を交わすうち、異世界転移の方だなと、わかってきたのだ。


 この国は、レーウェリオーネ王国というらしい。この時点で、可憐にとっては、どこ?!と言いたくなる。

 可憐の持つ、最低限の地理や世界史の知識に、そんな国の存在はない。

 リーキーに、日本国か或いはジパングか、そんな国の名は聞いた事がないかと問うと、首を横に振られた。


「君の家……。異世界から転移魔法で飛んできた……かぁ。俺、錬金術師で魔術は門外漢なんだよねぇ。しかも、うちの宮廷魔導師は今、いとまをとって旅行中だし……」

 そう言うと、リーキーは困ったように唸って腕を組む。体重を背もたれに掛けたのだろう、木の椅子の軋む音がした。


「その、宮廷魔導師さんなら、私を元の世界に返す事が出来ますか?」

 可憐の質問に、リーキーはまた、うーんと唸る。無理なのだろうか……と、可憐は不安になってくる。


「魔術に関しては門外漢な俺だけど、転移魔法ってのはとんでもなく高位な魔法だって事だけは知ってるよ。ひと握りの天才くらいしか使えないような……ね。

 で、うちの宮廷魔導師は確実にそのひと握りの天才に数えられる人物ではあるんだ」


 それなら、私を家に帰すことくらい……と、そう言おうとした可憐の言葉は、リーキーの次の言葉で封じられた。

「この世界の移動であれば可能だと言える。けど、君が来たのは、こことは全く次元の違う異世界だ。

 だから、それが可能かどうかは、本人に聞かないと解らないんだよねぇ」


 リーキーにそう言われ、なるほどと可憐は納得。あとはその宮廷魔導師が異世界転移も行える才能の持ち主である事を祈るしかないようだ。

 と、ここで、可憐はふと思う。

「リーキーさん、私が異世界から転移魔法でやってきたって話、どうしてすんなり信じてくれるんですか?」


 それを問うと、リーキーはああ…と答えてくれた。

「異世界というものが存在するっていうのが、俺たち錬金術師や魔導師達の共通認識だからだよ」


 異世界からの来訪者があった痕跡を、先人の錬金術師や魔導師達が見つけた事から、その認識が広まったのだと、リーキーは可憐に教えてくれた。そのお陰で、話は早くて助かる。


 元の世界に帰れるかはまだ不透明ではあるけれど……。

「まあ、バルマーカス……うちの宮廷魔導師が君を家に帰せなくても、バカ宰相閣下にその腕がある魔導師を探させるよ。君にはとてつもない迷惑をかけたんだから、スライディングドーゲーザーも付けてやってもらわないとね」

「魔導師さんを探してもらうのはお願いしたいですけど、スライディング土下座はいらないです」


 とりあえず、スライディング土下座は断っておいた。











 一方その頃、フレイザーは、茶会の真っ只中にいた。

 国王主催の茶会なので、宰相であるフレイザーも出ない訳にはいかない。もちろん、国王レオンもちゃんと参加している。


 例の娘を追いかけ回したせいで、汗まみれになっている事を、プティに知らされた時は冷や汗をかいたが、執事達に急ぎレオンの着替えを手配し、少しだけ予定より参加が遅れた程度でなんとか間に合った。


 フレイザーは、茶会の中心にいるレオンに視線を向ける。代わるがわる寄ってくる貴族達に、表情を崩さず対応しているのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 やるべき事はきちんとこなしてくれているようで良かった。


 そしてフレイザーは、茶会の会場に視線を一巡させる。と、その視線にマリアとプティが入った。

 2人はその視線にすぐさま気づいたようで、フレイザーの方へ顔を向けた。しかし、マリアはすぐさまツンとそっぽを向く。

 プティは軽く手を振ってみせたが、マリアの様子を気にしたのか、彼女の方を向いてしまった。


 マリアはまだ怒っているようだ。無理もないなと、フレイザーは思う。

 作戦を成功させていれば、彼女は王妃になれたというのに。失敗してしまったのだから。


 幼い頃、まだ先代国王が健在で、レオンが王太子だった頃の話だ。マリアはレオンの妃になる事を切望していた。


 あの頃のマリアは、王家の血を引く公女である身分を傘に着た、高慢で我儘な令嬢で、レオンに近づく他の令嬢達に対して、嫌がらせしたり、トラブルを起こしたり、それはそれは手がつけられないくらいで。

 特に、プティへのあたりは相当酷かった。


 しかし、そんな彼女も自分の有り様を反省したらしく、今ではレオンへの想いを内に秘めて立派にたち振る舞う令嬢に。


 突然、態度が変わったので、中身が入れ替わったのか?と思うような変わり方ではあったが、それでも過去の彼女よりも、今の彼女の方が良い。

 今では、プティと一番仲の良い令嬢になったマリア。そして、レオンの妃候補筆頭にもなった。


 レオンさえ、首を縦に振れば、マリアはこの国の王妃となり想いを遂げられる。そして、国母に相応しい女性が王妃になる。


 惚れ薬作戦で2人が結婚出来れば、一石二鳥だと、フレイザーは信じているのだが……。

 今回の作戦は失敗してしまったし、レオンが正気に戻れば、フレイザーは罪人になるだろう。毒ではないにせよ、国王に薬を盛ったのだから。


 それまでに、せめて巻き込んでしまった彼女を助けなければと、フレイザーは思う。マリアを王妃にはしてやれなくなってしまったのは心残りではあるのだが。 


 しかし、マリアに対する自分の考え方が、とんでもなく明後日の方向を向いているのだということを、フレイザーは全く気付いていないのだった……。










 リーキーの研究室に、匿われている可憐の目の前のテーブルに、軽食とケーキや果物が並べられた。良い香りのするフレーバーティーらしきものもある。


 これを運んできたメイドらしき女性達は、プティに言われて茶会の食べ物をこっそり持ってきたのだと言った。

「流石、レディ・プティ。俺が茶すら客人に出すという発想がない事をよくご存知だ」

 リーキーは運ばれたそれらをみて肩をすくめる。


「ああ、いえ、そんな……。お構いなく……」

 しかし、次の瞬間。

 可憐の腹が盛大に鳴ってしまった。


 お腹が空くのも無理はない。葵の儀式に付き合った後に夕食の予定だったのだが、異世界転移するわ、惚れ薬を飲んだ王様に追いかけ回されるわだったのだから。


「好きなだけ食べていいよ。って、準備も何もしてない俺が言うことじゃないんだけど。足りなかったら、追加を持ってきて貰うように手配もしてあげる」


 リーキーに促され、可憐は恐る恐る目の前にあったサンドイッチに手を伸ばした。

「美味しい……」

 流石、王宮で作られる料理だ。ハムサンド1つでもとてつもない美味しさ。


「お口に合って何よりですよ」

 リーキーはそういうとニッコリと笑う。

 この人も、レオンやフレイザーとは違った方向でイケメンだよなぁと、可憐はそんなことを心中で独り言ちた。




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