第五話~鈍感野郎は終身刑~
「なるほど、そういう事でございましたのね」
フレイザーの目の前の令嬢は、そう言葉を紡ぐと深いため息をついた。そのため息に、フレイザーはなんとも、いたたまれない気分になる。
が、それもこれも身から出た錆びというもの。
国王レオンに、惚れ薬を使って惚れ込ませる予定であった令嬢。それが、この女性だ。
レオンの再従兄弟で、公爵家の令嬢。アッシュブロンドの長い髪と、
名はマリアリナーシャ・コーディット。マリアという愛称で呼ばれる24歳。
フレイザーは、事のあらましを包み隠さず話す事にした。惚れ薬の話をせずに誤魔化す事は、この女性には出来ないとおもったからだ。
聡明な彼女に、下手な誤魔化しは通用しない。
「恋愛結婚がしたいと駄々をこねる陛下に、苦心されていたのは存じ上げておりました。
けれど、まさか、そんなド阿呆な行いを、フレイザー宰相閣下がなさるとは、思いもしませんでしたわ」
と、マリアの紡ぐ言葉は丁寧だが、鋭い刃のようにフレイザーを突き刺していく。
「確かに失敗してしまいましたが、成功すれば、貴女がこの国の王妃となる日が早まる筈だったのです。レオン王が駄々をこねるせいで、貴女の婚期が遅れてしまっておりますし……」
心から見えない血が流れ落ちるが、必死にこらえてフレイザーは言葉を返した。
「まあ。宰相閣下にそのような心配をして頂いていたとは……。ありがとうございます。けれど、そのようなお心配りは結構。
マリアはニッコリと笑って言う。けれど、目が全く笑っていない。
何やら、彼女の
そしてマリアは身を翻し、サロンの外へとむかっていった。それでは、ご機嫌ようという言葉を最後に。
サロンには、フレイザーが1人ぽつねんと取り残された。
*
茶会に参加せねばと、会場である中庭へ向かっている途中、プティはマリアと鉢合わせる。
「マリアちゃん~、お怒りモードねぇ~」
のんびりとした口調で言うと、マリアはキッとプティを睨んだ。
「これが怒らずにいられる?! あのバカったら、惚れ薬であたしにレオン王を惚れさせて結婚させようとしたのよ!!」
どうやら、フレイザーはマリアに正直に事のあらましを説明したらしい。が、それだけがマリアを怒らせた訳ではなかったようで。
「しかもあのバカ、言うに事欠いて、婚期が遅れてるとかほざ……もとい、言いやがって!」
乱暴な言葉遣いを言い直そうとして、出来ていない。この姫君は時々、言葉が乱雑になる。一体どこで覚えたのだろうか、プティは疑問に思うが、今は横に置いといて。
「フレイザーの鈍感には困るねぇ~」
「全くだわ!!」
そう、マリアはフレイザーに想いを寄せている。しかし、フレイザーは全く気づいていない。
王妃候補筆頭のマリアゆえ、その気持ちに気づかない振りをしているのかと、考えたこともあったのだが、どうも本気で気付いていないらしい。
「それでもさ~、フレイザーの作戦は大失敗だし~、良かったね~」
プティがそう言うと、多少はマリアの
「あの鈍感野郎は有罪よ!
あと2年、レオンがマリアを妃にと望まなければ、とうが立ちすぎたからと、レオンの花嫁候補から外れる。そのタイミングで、マリアはフレイザーとの婚姻を打診するつもりらしい。
フレイザーもフレイザーで、レオンと共に国を治めることに右往左往して、あと2年は軽く未婚でいそうな男だし、マリアの予定は予想外の何かが起こらなければ、そのまま通るだろうと思われた。マリアの想いと、予定を知るものの間では。
ちなみに、それを知っているのは、プティとレオンの2人だけ。
つまり、今回のフレイザーの暴走は、その予定がご破算ななったかもしれない、予想外の何かになり得るものだった。失敗して良かったと、プティは心の底から思う。
「実はこの作戦ね~、私、リーキーから聞いてたんだよねぇ~」
「はぁ?! んじゃ、なんで教えてくれなかったのよぉ!!」
「リーキーが、世の中そんなに甘くないから、失敗すると思うぞーって言ってたから~。リーキーってそういう勘鋭いし~」
「ああ、失敗するだろうから、言わなくても良いかってなったのね、プティは……」
「そゆこと~」
プティがニッコリと笑ってみせると、マリアはげんなりとした顔になったが、「あんたって、そういう子よね…」と、直ぐに気を取り直した。
*
マリアがプティと2人して、雑談を交わしながら茶会の会場へと向かっていると、今度は、国王であるレオンと鉢合わせをした。
汗にまみれて、息を切らせて。
マリアは直ぐにピンときた。例の一目惚れした少女とやらを追いかけていたのだろうと。
「マリア、プティ、黒髪の可愛らしい娘を見かけなかったか?!」
さすが、宮廷錬金術師の作った惚れ薬だ。効果が凄いなと、マリアは少し引き気味に思った。この効果が自分に向けられなくて良かった……とも。
「見てないよ~」
レオンの言葉に、プティが先に反応した。
「
マリアもそう言葉を返すと、レオンはがっくりと肩を落とす。
「愛しのマイ・レディはどこに行ってしまったんだ……」
彼女を見つけきれずにしょんぼり顔だ。薬の効果故とはいえ、レオンがこうまでなってしまうとは……。
レオンの惚れた相手が、傾国の姫君でないことを切に願いたいと、マリアは心中で願った。
「落ち込まないで~、レオン~。私が兵士さん達に探して保護するように伝えといてあげるよ~。だから、お着替えしておいで~」
肩を落としているレオンに、プティがそう言葉をかける。
そういえば、まもなく茶会が始まる時間だ。それなのに、汗まみれの礼服。さすがにまずい。
「プティの言う通りですわ。もうすぐお茶会の時間だというのに、その格好は……」
しかし、マリアの言葉を聞いても、レオンは肩を落としたまま。
「マイ・レディのいない茶会になんの意味があるって言うんだ……」
そんなことをのたまう始末。薬の影響でこうなってるとはいえ、これは良くない。
「国王主催のお茶会なのに、
惚れ薬の影響とはいえ、1人の娘に惚れ込んで、主催をしている茶会に出ないとはとんでもない事だ。
やっと、レオンを傀儡にしようと画策していた連中を、退けられるほどに力を付けたというのに、こんな調子で職務放棄されようものなら、また彼らは野心を燃え滾らせる事だろう。
そんな事になったら、これまでの努力が水の泡ではないか。
ーーー本当に、余計な事をしてくれたわ、あのクソバカ鈍感男……ーーー
マリアは大きなため息をついた。
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