第五話~鈍感野郎は終身刑~



「なるほど、そういう事でございましたのね」


 フレイザーの目の前の令嬢は、そう言葉を紡ぐと深いため息をついた。そのため息に、フレイザーはなんとも、いたたまれない気分になる。

 が、それもこれも身から出た錆びというもの。


 国王レオンに、惚れ薬を使って惚れ込ませる予定であった令嬢。それが、この女性だ。

 レオンの再従兄弟で、公爵家の令嬢。アッシュブロンドの長い髪と、はしばみ色の瞳で、国内外で評判の美姫。


 名はマリアリナーシャ・コーディット。マリアという愛称で呼ばれる24歳。

 フレイザーは、事のあらましを包み隠さず話す事にした。惚れ薬の話をせずに誤魔化す事は、この女性には出来ないとおもったからだ。

 聡明な彼女に、下手な誤魔化しは通用しない。


「恋愛結婚がしたいと駄々をこねる陛下に、苦心されていたのは存じ上げておりました。

 けれど、まさか、そんなド阿呆な行いを、フレイザー宰相閣下がなさるとは、思いもしませんでしたわ」

 と、マリアの紡ぐ言葉は丁寧だが、鋭い刃のようにフレイザーを突き刺していく。


「確かに失敗してしまいましたが、成功すれば、貴女がこの国の王妃となる日が早まる筈だったのです。レオン王が駄々をこねるせいで、貴女の婚期が遅れてしまっておりますし……」

 心から見えない血が流れ落ちるが、必死にこらえてフレイザーは言葉を返した。


「まあ。宰相閣下にそのような心配をして頂いていたとは……。ありがとうございます。けれど、そのようなお心配りは結構。ワタクシは国王陛下のわがままで、自分の婚期が遅れているとは思っておりませんので」


 マリアはニッコリと笑って言う。けれど、目が全く笑っていない。

 何やら、彼女の琴線きんせんに触れる事を言ってしまったようだと、フレイザーは思ったが、何がそうしたのかサッパリ解らなかった。


 そしてマリアは身を翻し、サロンの外へとむかっていった。それでは、ご機嫌ようという言葉を最後に。

 サロンには、フレイザーが1人ぽつねんと取り残された。







 茶会に参加せねばと、会場である中庭へ向かっている途中、プティはマリアと鉢合わせる。

「マリアちゃん~、お怒りモードねぇ~」

 のんびりとした口調で言うと、マリアはキッとプティを睨んだ。

「これが怒らずにいられる?! あのバカったら、惚れ薬であたしにレオン王を惚れさせて結婚させようとしたのよ!!」


 どうやら、フレイザーはマリアに正直に事のあらましを説明したらしい。が、それだけがマリアを怒らせた訳ではなかったようで。

「しかもあのバカ、言うに事欠いて、婚期が遅れてるとかほざ……もとい、言いやがって!」


 乱暴な言葉遣いを言い直そうとして、出来ていない。この姫君は時々、言葉が乱雑になる。一体どこで覚えたのだろうか、プティは疑問に思うが、今は横に置いといて。

「フレイザーの鈍感には困るねぇ~」

「全くだわ!!」


 そう、マリアはフレイザーに想いを寄せている。しかし、フレイザーは全く気づいていない。

 王妃候補筆頭のマリアゆえ、その気持ちに気づかない振りをしているのかと、考えたこともあったのだが、どうも本気で気付いていないらしい。


「それでもさ~、フレイザーの作戦は大失敗だし~、良かったね~」

 プティがそう言うと、多少はマリアの溜飲りゅういんが下がったのか「そうね」と言葉を返してため息をついた。

「あの鈍感野郎は有罪よ! 終身刑に処すけっこんするんだから、レオン王と結婚なんて絶対に嫌!」


 あと2年、レオンがマリアを妃にと望まなければ、が立ちすぎたからと、レオンの花嫁候補から外れる。そのタイミングで、マリアはフレイザーとの婚姻を打診するつもりらしい。


 フレイザーもフレイザーで、レオンと共に国を治めることに右往左往して、あと2年は軽く未婚でいそうな男だし、マリアの予定は予想外の何かが起こらなければ、そのまま通るだろうと思われた。マリアの想いと、予定を知るものの間では。

 ちなみに、それを知っているのは、プティとレオンの2人だけ。


 つまり、今回のフレイザーの暴走は、その予定がご破算ななったかもしれない、予想外の何かになり得るものだった。失敗して良かったと、プティは心の底から思う。

「実はこの作戦ね~、私、リーキーから聞いてたんだよねぇ~」

「はぁ?! んじゃ、なんで教えてくれなかったのよぉ!!」


「リーキーが、世の中そんなに甘くないから、失敗すると思うぞーって言ってたから~。リーキーってそういう勘鋭いし~」

「ああ、失敗するだろうから、言わなくても良いかってなったのね、プティは……」

「そゆこと~」

 プティがニッコリと笑ってみせると、マリアはげんなりとした顔になったが、「あんたって、そういう子よね…」と、直ぐに気を取り直した。










 マリアがプティと2人して、雑談を交わしながら茶会の会場へと向かっていると、今度は、国王であるレオンと鉢合わせをした。

 汗にまみれて、息を切らせて。


 マリアは直ぐにピンときた。例の一目惚れした少女とやらを追いかけていたのだろうと。

「マリア、プティ、黒髪の可愛らしい娘を見かけなかったか?!」

 さすが、宮廷錬金術師の作った惚れ薬だ。効果が凄いなと、マリアは少し引き気味に思った。この効果が自分に向けられなくて良かった……とも。


「見てないよ~」

 レオンの言葉に、プティが先に反応した。

ワタクシも見ていませんわ」

 マリアもそう言葉を返すと、レオンはがっくりと肩を落とす。


「愛しのマイ・レディはどこに行ってしまったんだ……」

 彼女を見つけきれずにしょんぼり顔だ。薬の効果故とはいえ、レオンがこうまでなってしまうとは……。

 レオンの惚れた相手が、傾国の姫君でないことを切に願いたいと、マリアは心中で願った。


「落ち込まないで~、レオン~。私が兵士さん達に探して保護するように伝えといてあげるよ~。だから、お着替えしておいで~」

 肩を落としているレオンに、プティがそう言葉をかける。


 そういえば、まもなく茶会が始まる時間だ。それなのに、汗まみれの礼服。さすがにまずい。

「プティの言う通りですわ。もうすぐお茶会の時間だというのに、その格好は……」

 しかし、マリアの言葉を聞いても、レオンは肩を落としたまま。


「マイ・レディのいない茶会になんの意味があるって言うんだ……」

 そんなことをのたまう始末。薬の影響でこうなってるとはいえ、これは良くない。


「国王主催のお茶会なのに、国王ほんにんが出席しなくてどうしますか。ちゃんと、職務を全うなさってください、国王陛下」

 惚れ薬の影響とはいえ、1人の娘に惚れ込んで、主催をしている茶会に出ないとはとんでもない事だ。


 やっと、レオンを傀儡にしようと画策していた連中を、退けられるほどに力を付けたというのに、こんな調子で職務放棄されようものなら、また彼らは野心を燃え滾らせる事だろう。

 そんな事になったら、これまでの努力が水の泡ではないか。



ーーー本当に、余計な事をしてくれたわ、あのクソバカ鈍感男……ーーー


 マリアは大きなため息をついた。



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