第四話~逃げ惑って保護されて~



 一方その頃、一人廊下に取り残された宰相フレイザーは、背後から肩を叩かれハッと意識を取り戻した。

「やーっぱ、失敗したんだなー」

 フレイザーが肩越しに振り返れば、そんな事を言うリーキーの姿が。どうやら、どこかで様子を伺っていたらしい。


「やっぱり……て、どういう事だよ」

 フレイザーはギロリとリーキーを睨み付ける。

「怖い顔すんなよ、宰相殿。なんとなく、世の中そんなに甘くないし、失敗する気がしただけだよ。んで、実際、失敗した……と」


 世の中そんなに甘くない。その言葉が、フレイザーの胸に突き刺さった。

 全くもって、その通り。計画は大失敗だったのだから。


 フレイザーは、がっくりと肩を落とした。

「へこんでる暇はないぞ、フレイザー。この事態の収集は、種を撒いたお前の仕事だろ? とりあえず、サロンに待たせてる令嬢に事情を話すなり、誤魔化すなりして話をつけてこい。例の女の子の保護は俺がやっといてやるからさ」


 リーキーの言葉にフレイザーは頷いた。確かに、落ち込んでいる場合ではない。事態の収集の為にも、サロンで待たせている令嬢と話をせねば。

 フレイザーは視線をあげ、令嬢を待たせているサロンへ向かっていった。




*




 青々とした芝生の敷き詰められ、花壇には色とりどりの花が植えられている庭を、あてもなく走り、逃げる。花壇を踏み荒らさないようにはしているが、綺麗に手入れされた芝生を踏み荒らすのは心が痛い。今は逃げるしかないから……と、可憐は自分に言い聞かせて走る。


 足はそこそこ早いし、持久力もある可憐。金髪美形をなんとか降りきることは出来たが、下手に立ち止まれば追い付かれてしまう可能性はある。

 けれど、流石に全力疾走で走っていれば、体力はあっという間に減ってゆく。


 どこかに、隠れる場所はないものかと、走りながら辺りを見回していると、背の高い生け垣が植えられている場所が視界に入った。


 テレビで、イギリスだったかフランスだったか違ったか解らないが、どこぞの国の庭園に、こんな生け垣を使った迷路みたいな庭園があったなと、そんな事を思いながら、可憐はそちらへと足を向ける。

 そして、生け垣の庭へと入ると、死角になりそうな生け垣と生け垣の隙間を見つけて、そこに身を潜ませた。


 ここで暫く休んで、体力を回復させつつ、今後どうするべきか考えよう。

 と、考えていたその時だった。


 カサッという物音がして、そちらに視線を向けるとそこには、薄桃色のシンプルなAラインのドレスを身に纏った、ハニーブロンドの髪と瑠璃色の瞳の女性が立っていた。

 女性はパチパチと瞬きをしながら、可憐の顔をじっと見ている。


 死角になるのは、逃げてきた庭から見た場合であって、生け垣の庭から見れば死角になりえない。可憐が隠れたのはそんな場所だ。

 慌てていたので、その方向から人が来ることを計算できていなかったのだ。


 女性は不思議そうに小首をかしげた。と、次の瞬間。

「プティ!」

 男の声がした。例の、金髪美形の声だ。


 プティと呼ばれた女性は、可憐から視線を外した。恐らく、金髪美形の方を向いたのだろう。

 男の側からは、生け垣に隠れた可憐は見えていない。けれど、彼女は可憐が見えている。

 万事休す。


「今ここを、黒髪の可愛い娘が通らなかったか?」

 男が可憐の事を問う。

「黒髪の女の子~?」

 間延びしたようなしゃべり方で、プティが返事を返す。ここにいると言われたら、おしまいだ。どうしよう。今からでも走り出すか? そんなことを考えていた可憐だった。


 が、しかし。

「向こうのお庭横切って走ってったよ~」

 プティは可憐がここにいるとは伝えなかった。


「あっちだな、わかった」

 男はそう言うと、この場から走り去っていったようだ。

 そして、プティは再び視線を可憐に向けた。


「大丈夫~? 何があったの~?」

 プティはそう言いながら、可憐に近づき、視線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「私も、よくわからなくて。ただ、目が普通じゃない感じで……。突然、口説くというかそんな感じで、手の甲に…き……キスとかされて……」

「あ~……なるほど~。惚れ薬で君に惚れ込んじゃったんだねぇ~、レオンは~」

 プティの言葉を聞いて、は?と頭が真っ白になった。


「どういう事……なんですか?」

 可憐が問うと、プティは申し訳なさそうに眉をしかめる。

「まあ~ちょっと~、色々あってねぇ~。詳しい話は、身を隠せる場所に着いてからでいいかなぁ~? やらかした張本人に、ごめんなさいもさせないとだし~」


 プティついてきてと、言われ促されたので、言葉の通り彼女についてゆく。逃げ惑った庭をまた戻って行くようだ。

 暫く歩いてゆくと、正面から男性が歩いてくる。


 ストロベリーブロンドの癖毛が特徴的な男性だ。先ほど出会った美形二人に負けず劣らずな、美貌と琥珀色の瞳をしている。


「おー、レディ・プティ。助かりましたよ、その子を保護してくれたんですねぇ」

「そんな堅苦しい呼び方しないで、プティちゃんって呼んで欲しいのにぃ~」

 男の言葉に、プティは頬を膨らませた。


「いやいや、一介の錬金術師が、そんな口きけませんて。お許しを、レディ・プティ」

「む~~、プティちゃんでいいのにぃ~」


 と、そう言うとプティは突然視線を可憐に向ける。

「君は私のこと、プティちゃんって呼んでね!」

 そんな事を言うので、可憐は思わずこくこくと頷いた。


 と、そこでプティははたと気付いた顔をする。

「君のお名前、聞いてなかった~~。って、私も自己紹介してない~。私、プティレティシア・メリアシアナ~。皆にはプティちゃんって呼ばれてるよ~」


「私は、可憐……です。大樟可憐」

 プティの雰囲気につられて、可憐も自己紹介をする。

「オークス・カレン? 珍しい響きの名前だねぇ~。東の方の国から来たのかな~?」

 プティはうーんと顎に人差し指を添えて考え込んだ。が、それは、男の言葉で中断させられる。


「色々、気になること、聞きたいことがあるのはわかりますけど、この子は一旦、俺の研究室に連れて行かせてもらいますよ。国王に見つかったら、面倒な事になる」

 するとプティはこくりと頷いた。


「そうねぇ~。急がないとだねぇ~」

「レディも、そろそろお茶会の時間だ。一応、参加しなければいけないのでしょう?」

「あぁ~、カレンちゃんと、お話したいけど、仕方ないよねぇ~。行ってくる~」


 プティはそう言うと、くるりと踵を返した。その、お茶会とやらに向かうようだ。可憐が彼女を見送っていると、プティは肩越しに振り返り、またねと言って手を振り、再び視線を戻してその場から去っていった。


「君は俺についてきて。研究室で君を匿うから、色々と話をしよう」

 男の言葉に、可憐はこくこくと頷くことしかできなかった。





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