第三話~成功と失敗と~



 葵に指示されるまま、可憐は自分の部屋に訳のわからない魔法陣を書く手伝いをする。

 いつもの事なので、文句は言わない。もう慣れた。


 魔法陣が書き終わり、再び葵に指示されて、その魔法陣の中央に立つ。

「今日の魔法陣は、転送魔法の魔法陣なのだよ。だから、転送されたい先をイメージしておくれねぇ。 これが成功したら、どこでも好きなところにひとっ飛びだぁよ〜」

 葵がそんなことをウキウキした顔で言う。


「あ、そ…」

 成功するはずがないと思っている可憐は、そんな気持ちの籠らない言葉を返した。


 けれど、葵は怒ることもせず、魔道書に書いてある呪文を唱え始める。

「ちゃんと、行き先をイメージするだよ〜」

 葵にそういわれても、可憐は「イメージしてるわよ」と、適当な言葉で返す。


 イメージしてもしなくても、どうせ成功しないのだし、どうでもいい。

 それより、さっさと終わらせて部屋を片付けたい…。

 可憐の思考はそちらの方へ向いていた。


 けれど、部屋の片付けをどうしようかと考えていた可憐の思考は、魔法陣に向けられる事になる。

 葵の聞いた事のない言葉の呪文が始まった直後から、魔法陣に書かれた文字が光り始めたのだ。


 可憐は目を瞠った。

「ちょ…なにこれ……葵っ!」

 驚き、葵に声をかけるが、葵は呪文を唱えるのに夢中になっていて可憐の言葉を聞いていない。


 可憐は、あわてて魔法陣の外へ出ようとした。

 訳のわからない今の状況で、魔法陣の中に居るのは危険な気がしたからだ。


 しかし、一足遅かった。


 魔法陣の文字の光は強さを増し、可憐を包み込む。

「ちょ…なに、これっ…葵っ!!」

 可憐は葵に助けを求め、葵に手を伸ばす。

 けれど次の瞬間、まばゆい光に襲われ、意識が暗転した。


 そして、意識が回復した可憐の目に飛び込んできたのは、女性の様な男性の様な…中世的で美しい顔つきの、金髪碧眼の男性。


 しかも、ファンタジー系のアニメキャラが着てそうな、礼服のようなものに身を包んでいる。


「なんてこったいっ!」


 そんな、知らない男の悲痛な叫び声が聞こえても、可憐はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




―――なにこれ?―――









 その計画は、完璧なはずだった。

 王宮で定期的に開かれる茶会の日。現在は国王の伴侶探しの日となっている。


 フレイザーは、国母に相応しい素養と血筋の令嬢を、茶会の時間より早く王宮に呼び出していた。

 国王よりお話があると、そう言葉を添えて。


 王宮内にあるサロンの一室に彼女を待たせ、お茶に混ぜた惚れ薬を飲ませたレオンを連れてゆく。

 その道中には、メイドが寄り付かないようにと根回しもした。


 その惚れ薬は、最初に目にした異性に惚れ込むもの。目的の令嬢に会わせる途中で、メイドを視界に入れる訳にはいかない。

 そんな、沢山の根回しの果て、フレイザーの目的は達成されると……その筈だったというのに。


 サロンに向かうレオンとフレイザーの目の前に、転移魔法で現れたかのように、1人の子供が現れたのだ。


 見れば、十かそこいらの年齢に見える子供。この国では珍しい、漆黒の髪と瞳で、見慣れない奇異な服装をしている。ズボンを短く切り落としてあるから、足が丸見えだ。

 しかし、問題なのはそれよりも、性別である。


 少女なのだ。


 つまり、レオンにとっての異性である。

 という事は……だ。

 フレイザーは視線を少女からレオンに向けた。


 思った通り……。レオンの瞳は、現れた少女に釘付けだ。

 そう、惚れ薬の効果が出てしまったのだ。


 予定していた令嬢ではない、目の前に居る奇異な格好をした少女に対して。

「なんてこったいっ!」 

 計画はご破算である。

 フレイザーは頭を抱えた。


 そんなフレイザーをよそに、レオンはふらふらと少女に近づいてゆく。

 そして、呆然と立ち尽くしたまま動くことをしない少女の目の前に立つ。


「なんと可愛らしい娘だろう。君、名前は?」

 レオンが少女に名を問う。

「え? は? え? か……カレンですけど?」

 驚きと戸惑いの混じった返事が返ってくる。様子を見るに、彼女は自分の意思でこの場所に転移してきた訳ではなさそうだ。


 何らかの事故での転移か、或いは理由を知らされぬまま転移させられたかなのだろう。と、そんな事を考えている場合じゃないと、フレイザーは焦る。

 理由はどうあれ、レオンが彼女に惚れ込んでしまったのだ。想定外も想定外の出来事。


「カレン……名前も愛らしい響きだね」

 想定外の出来事に、固まってしまったフレイザーをよそに、レオンは少女の手を取ると、その手の甲に口付けを

落とす。

 と、次の瞬間だ。


「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

 そんな声をあげたのは、レオンの目の前にいる少女。

 レオンに握られている手を振りほどくと、くるりと踵を返して、この場から走り去っていく。


「待って……、待ってくれマイレディ!」

 逃げ去る少女を追いかけ、レオンも走り去る。そうなると、その場にはフレイザーが一人、取り残された。

 目の前で起こった事象が信じられないまま………。




*




 一体何が起こってどうしてこうなったのか。

 可憐にはさっぱりわからない。理解が出来ない。

 幼馴染が行った儀式。

 

 そんなものが成功するとは思っていなかった。いつも通り何も起こらず、散らかった部屋を片付けるだけだと思っていた。


 しかし、今回は違っていて。光につつまれ、気がつけば宮殿らしき場所に、とんでもない美形な男が二人、目の前に。


 片方は、THE 金髪! な髪の毛に、エメラルドのような瞳の、女装でもさせようものなら、確実に女と見紛うであろう美貌の男。


 もう片方は、シルバーブロンドの髪とブルーサファイアに似通った瞳の、精悍な顔つきの、隣にいる美貌の男とはまた違うタイプの美形な男。


 シルバーブロンドの美形が悲壮な顔をして嘆いて、金髪の美形はゆらゆらと可憐の側へ近づくと、言葉をかけ手の甲にキスをしてきた。


 ただでさえ、混乱していた可憐の思考は、更に混乱する。可憐のこれまでの人生で、手の甲にキスなどされたことなどない。だからに余計に混乱した。


 そして可憐は、悲鳴を上げてその場から逃げ出す。しかし、そんな可憐を、イケメンが追いかけてくる。

「待ってくれマイレディ!」

 そんな言葉と共に。


―――マイレディってなんだよ?!―――


 心中でそうツッコミを入れながら、可憐は全速力で走った。

 見覚えのない場所、どんな造りかわからない建物。けれど、すぐに庭らしき広い場所に出られたので、そこを走り抜ける。


 あてはないし、訳もわからない。

 ただ、本能的にろくでもない状況になっていると感じた。


 近づいてきた美形な男の目が、正気でないように見えたのだ。

 だから可憐は逃げ出した。

 逃げ出さなければならないと、そう感じて。


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