第二話~惚れ薬と転移魔法~



「つーわけだから、惚れ薬を作れ、リーキー」

「何がなんだか訳解らん。なんで惚れ薬なんだよ、フレイザー」

 突然、王宮地下にある自分の研究室へやってきた宰相フレイザーの言葉に、宮廷錬金術師のリーキーは意味が解らずつっこんだ。


「斯く斯く然然で、レオンの馬鹿が縁談の話に見向きもしねえんだ。だから、惚れ薬で、縁談相手を惚れさせる」

「うわ〜、フレイザーってば鬼畜だな」


 フレイザーの話に、リーキーは半分揶揄をこめて言葉を返す。

「この際、なんと言われようとかまわねぇ。この国の未来の為、レオンには王妃として相応しい女性と結婚してもらわなきゃなんねえんだ」

 リーキーに、フレイザーの言いたい事は良く解った。


 王妃という地位に立つ女性が、悪女であった場合、国が滅ぶ危険性もある。

 だから、王妃としての教育を受けた令嬢の中で一番の器を持つ娘と結婚する事は、国の為になる。国王のためになる。


 しかしその反面、レオンという一個人には為にならない事だということも、リーキーは解っていた。フレイザーの為にもならないだろう。

 その事に、フレイザーも解っているのだろうが、国の為を優先するが故に暴走しているように思える。


 その注文に、どうしたものか考えたリーキーだったが、惚れ薬なんて代物を作る機会などこれまでになく、今回を逃したらこの先に作る機会など訪れないだろうと思うと、作ってみたい気持ちが湧く。


 しかし、レオンとフレイザーの未来を考えると、断るべきだとも思う。

 しばらく、逡巡したものの、惚れ薬を作ってみたいという欲求には勝てず、ついつい「解った」と承諾してしまった。

 これは、研究者のさがというやつだ。見逃して欲しいと、リーキーは心中で弁解した。


「けど、惚れ薬ってのは、いつ切れるかわからん、かなり不安定な代物だ。一生切れないかもしれんし、三日で切れるかもしれん。そんでもって、一度惚れ薬を使うと耐性ってもんがつくから、二度と同じ手は使えない。それでもいいな?」

 リーキーのその忠告にしっかりとフレイザーは頷いた。



 三日後。

 リーキーは惚れ薬を完成させた。

 その惚れ薬でレオンに王妃候補の令嬢を一目惚れさせる計画を、フレイザーは立てたようだ。

 不安定な代物でも、半年でも状態が続いていれば、話をまとめて既成事実を作れる……と。


 結婚さえさせてしまえば、レオンも何もいえないだろう。

 王が突然心変わりで王妃と離婚したなど、醜聞もいいところ。


 そのまま夫婦で居続けるしかなくなる。という、作戦。鬼畜以外の何物でもない作戦だなと、話を聞いたリーキーは思った。

 もちろん、それをフレイザーに伝えたが、作戦は決行されるようだ。


 その代わり、フレイザーの首は飛ぶかもしれない。

 たとえ、幼馴染が国の為を思ってやったこととはいえ、王に薬を盛るのだから。


 だが、己の首が飛ぼうとも国の未来を思えば惜しい命ではないとフレイザーは考えているようで。

 臣民の為に、命を懸けた計画なのだとフレイザーは言っていたが、リーキーは納得できず首をかしげる。惚れ薬を作ったことを棚に上げて。


 そして、惚れ薬手に、王宮の地下にあるリーキーの研究室から出てゆくフレイザーを見送った後、リーキーはポソリと呟いた。

「うまく…いくとは思えないんだけど…。世の中って、そんなもんじゃん?」


 そんな、リーキーの言葉は、的中した。

 それはもう見事なまでに。

 リーキーが、作戦を決行する様子を遠巻きに、こっそり覗いて見ていたその前で、フレイザーの作戦は見事に失敗した。


「なんてこったい!」

 蒼白な顔で、フレイザーは目の前での出来事に頭を抱えた。

 惚れ薬を飲んだレオンが、一目惚れしたのは一人の…まだ幼いように見える…少女。


 フレイザーが惚れさせようと考えていた令嬢ではない。

 令嬢を待機させている部屋へ行く途中の廊下で遭遇した、黒髪黒目の女の子。


 しかも、突然レオンの目の前にパッと現れた。

 転送魔法で送り込まれたかのように……。









 ある日の夕方。

 バイトからの帰宅途中。町の中央通りの歩道を歩いていたときだった。

「ひったくりよーーー!!」


 そんなつんざくような壮年の女性の悲鳴。

 それに気付いた可憐は、その声が聞こえた方向へ…背後へ振り返り視線を向けた。


 見れば、スケートボードを巧みに操り、明らかに自分のものではないと解る女物のバッグを小脇に抱えた若い男が、自分の下へと猛スピードで近づいてくる。


 どけどけ!と、お決まりの台詞を口にしながら、男はスケートボードで疾走していた。その背後にはバッグの主なのだろう女性が必死に彼を追いかけている。


 可憐はそれを見て、眉を顰めた。

 人のものを奪うという行為は、可憐にとって一番許せない行為。

 可憐は、一直線に男の方へと向かい疾走する。

 そうすれば、男は当然驚く。


 それもそうだ。体躯の小さな少女とも見れる年頃の娘が、猛スピードのスケートボードに乗る自分に向かってくるのだから。

「おいガキっ! 危ねぇぞ、どきやがれ!!」


 男は怒鳴ったが、可憐は全く無視。

 あわてて男はスケートボードを操り、可憐を避けようとした。

 そうなると、男と可憐はすれ違う事になる。

 そのすれ違いざまの一瞬。


  バキッ!


 そんな音を立てて、男のわき腹に可憐の蹴りがクリーンヒット。

 例の如く、服装はモスグリーンパーカーシャツにストーンウォッシュブルーのショートパンツと白のスニーカー。


 ひったくりに蹴りを与える事には何の支障もない服装だ。

 男は口からなにやら吐き出して吹っ飛び、アスファルトで作られた歩道に崩れ落ちた。


 ぴくぴくと痙攣して、男は気絶したようだ。

 可憐は何も言わず、男が取り落としたバッグを拾い上げ、走りよってきた女性に返す。


「ああ、お嬢ちゃんありがとう。大事なお金が入ったバッグだったの。助かったわ」

 女性は嬉しそうに可憐に礼の言葉を言う。


「いえ、大したことじゃありません。大事なバッグ、取り戻せてよかったです。次からは気をつけてくださいね」

 可憐はそういうと、その場から立ち去る事にした。女性は可憐に何かお礼をしたいと言ったが、言葉だけで十分だと断ってさっさとその場から去った。

 後は、警察がなんとかしてくれるだろう。そんな事を考えながら。


 と、そんな所へ。

「お手柄だぁね、可憐」

 聞き覚えのある声が可憐の耳に届いた。

「葵…、いつの間に居たの?」

 突然現れた幼馴染に歩く足も止めず、そっけない視線とそっけない言葉を可憐は向ける。


 けれど、葵は全く気にしていない様子で、可憐の隣を並んで歩く。

「あんたが引ったくり蹴り倒した辺りにねぇ。ほら、すぐそこにあたいの行き着けがあっからさぁ」

 葵の言葉に、ああ…と思い当たった可憐は納得した。


 そして、うんざりもした。

「……また、あの胡散臭いジーさんに魔道書だとかを買わされたの?」

 可憐は、葵の手にあるいかにも胡散臭そうな本を見て言う。


 葵はにっこりと笑って頷いた。

「今度は本物だぁよ!」

 そう言って……。


 オカルトマニアの葵が行きつけにしている店は、創業百年近い古書店。

 瓶底くらい分厚くて丸いメガネをかけて、真っ白な頭髪を肩まで伸ばして、胡散臭く見える老人が経営している。


 売ってあるものは、可憐からすれば価値のわからないものばかり。

 しかし、葵にはお宝の山であるらしい。


 そこから何かしら本を…いわゆる魔道書とやら…を買ってきては、訳のわからない儀式をする。

 可憐を巻き込んで。

 というか……。


 葵は魔道書を用いたわけの解らない儀式を、可憐の部屋でやるのだ。家では、そういう事をやらせてもらえないと、可憐は知っている。

 葵の親は可憐にとって印象の良い人物ではない。葵を取り巻く家庭環境を考えると、下らない儀式をやめろと、どうしても言えないのだ。


 可憐の両親も、葵の儀式に可憐の部屋を使う事を許可している。

 可憐と同じく、葵の家庭環境を知っているから……というのもあるが、「魔法とか儀式とか、ファンタジーで良い!」と可憐の母親が恍惚と語っていたりして、葵の儀式を面白がっている節がある。


 閑話休題。


 葵が可憐の部屋で儀式を行う為、必然的に可憐はそれに巻き込まれてしまうわけだ。

 とはいえ、今まで一度たりともその儀式が成功した事はない。


 今回も、何も起こらず終わるだろうと、可憐は考えていた。

 その時までは……。





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