第一話~結婚したがらない王様~




 その国は、とても大きな軍事大国だ。

 強大な軍力を持つが故、この世界の中心ともなった。

 この世界とは、我々の知る世界ではない。


 王家だとか、貴族、騎士なら、我々の世界にもあるが、それ以外にも、魔法だとか魔物だとか妖精だとか…。

 我々の世界では空想の産物、いわゆるファンタジー世界と言われる世界。


 軍事大国である、その国、レーウェリオーネ王国の王はとても若い王だった。

 名はレオン。 

 まだ21歳。


 レオンは17歳という若さで父親である先代国王の病死を切欠に即位した。

 若い王となれば、そんな彼を傀儡にしようと考えるものが後を絶たないもの。

 レオンは、そんな野心を持つ者たちにつけこまれぬよう、必死に努力し王としての政務を果たし続け、4年という月日が経過した。


 即位して4年で、誰にもつけこまれない、強い地位を確立したのだから、彼はとても優秀な王だったのだ。

 野心を持つものは、レオンを傀儡にしようとする事を諦めた。


 そのような事を考えれば、逆に地位から追い落とされるほどの力を彼がつけてしまったからだ。

 そうなったおかげで、レオンの身の回りはとても平穏になった。


 もちろん、レーウェリオーネ王国が、軍事大国であるおかげで、国自体も平穏だ。

 侵略することもない国でもあり、諸外国との外交も盛んである為、そうなる理由がどこにもないのだ。


 それも、レオンが有能であるが故。

 そうでなければこの国は今頃、彼ではない誰かが動かしていたかもしれない。


 それ程、有能な王のレオン。

 そんな彼に、縁談の話がない筈がない。

 サラサラとした黄金の稲穂の様な金髪と、上質なエメラルドを閉じ込めたような緑の瞳を持つ、美青年。


 彼が物心つく前に亡くなった前王妃ゆずりの美貌の国王。

 少し、実年齢より年老けて見られてしまうが、それでもまだまだ若い。


 国中はおろか、諸外国の姫君たちの憧れの的。

 花嫁は選り取りみどり。

 けれど、レオンは花嫁を選ぶ事をしなかった。


 それは、国の更なる安定を願い、国務に専念したいという彼の気持ちからの事。

 即位してまもなくはその言葉で、縁談を進めるものたちの口をふさぐ事が出来たが、国内外が落ち着き平穏な今はその言葉が通用しなくなりつつある。


「国王陛下、また、縁談の話がきてますよ」

 広い広い王宮の一室。王の執務室。

 レオンは、執務室の奥にある己のイスに腰掛け、目の前に山積みにしてある、羊皮紙で作られた書類に一つ一つ目を通していた。


 その執務室にやってきた、男が言う。

 彼はこの国の宰相で、名はフレイザー。シルバーブロンドの髪は硬い直毛。瞳の色はブルーサファイアに似通っている、レオンとは違う意味で顔の作りが整った男。


 レオンより五つ年上で、若いながらも宰相としての能力は申し分ない。

 だから、レオンが宰相に取り立てたのだけれど。

「執務の途中だ。その話は後でいい」

 レオンは手元にあった書類に視線を向けた姿勢のそのままで、答えた。


 が、その言葉に対して返されたフレイザーの言葉に固まった。

「その書類、昨日全部目を通してたろ? 忘れたとは言わせねぇぞ、レオン」


 本来、王に対して言う言葉使いではない。

 けれど実は、彼らは幼馴染という間柄で、気心の知れた関係なのだ。


「……忘れた……」

 レオンはそう嘯いて見せるが、そんなものがフレイザーに通用などしない。

「いい加減に縁談の話をちゃんと聞くようになれ! お前は、未婚のままで生涯終えるなんて出来ないんだぞ?! わかってんだろーが!」


 怒りにこめかみをひくつかせ、フレイザーは怒鳴った。

 レオンの目の前にある机に大きな音を立てて手を突いて。


 その衝動で、いくつかの書類が床に飛び散ったが、フレイザーは全く気にしない。

「るせぇっ! 必要になれば、その時に相手見つけて結婚するっつーの! お前は毎日毎日、縁談縁談縁談縁談っってぇ、いい加減うんざりなんだよ!」


 さすがのレオンも、怒り心頭なようで。

 そう言って、机にフレイザーと同じく大きな音を立てて手を付いて怒鳴った。


 また更に、机の上にあった書類が床に飛び散ったが、全く気にしない。

「俺はっ! お前の為、国の為に縁談の話を持ってきてんだよ! お前っ! 国王として、その縁談の話に耳を傾けるのは当然の事だろうが!」

「その、国王にお前はどれだけ無礼な言葉遣いを使ってんだよ! 先代だったら斬首モンだぞ!」


「話をそらすんじゃねぇっ! つーか、俺とお前の仲で無礼も何もねぇだろーが!」

「っちぃっ! と…とにかく、俺はまだ縁談は受けねぇっ!受けねえったら受けねえからな! 何度縁談を持ってこようと、無駄だからな! 良いな、フレイザー!」

 そんな怒鳴りあいをし、お互い息が荒くなった頃。


「お邪魔しまーす、プティちゃん登場ですー」

 そんな能天気なキーの高い声が、執務室に響いた。

 出入り口を見れば、長いストロベリーブロンドのふわふわな巻き毛で瑠璃色の瞳をした、一人の美しいドレス姿の令嬢がニコニコと微笑みながらそこに立っている。

「邪魔するんなら出て行け」

 フレイザーが即座にそういった。


「あい、お邪魔しましたー」

 プティという名の娘は、微笑をそのままに部屋を辞してドアを閉め……。

 そしてドアを開けて、また執務室へ入ってきた。

「なんでやねんっ!」

 そんな突込みを入れながら……。


「なー、プティも言ってくれよ、この頑固もんにいい加減、結婚しろってよ」

 執務室にやってきて、二人に茶を淹れるプティに、フレイザーはレオンに縁談を薦めるための応援を頼んだ。

 レオンとフレイザーは執務室の中央にあるテーブルセットに向かい合って座っている。


「ん〜、フレイザーの気持ちも解るけど、でも、プティ、レオンの気持ちも解るんだぁ〜。だから、どっちの応援も出来ないよ〜」

 間延びしたそんな言葉遣いで、プティは言う。


 プティはとある上級貴族の娘で、レオンの后候補として育てられたが、能天気で、天然であるが故、その候補から外れてしまっている。

 年は、レオンと同年。さらに、フレイザーと同じく幼馴染でもある。


 レオンと並ぶと子供に見えてしまうが、立派な淑女。

「レオンの気持ちだぁ? レオンが何を考えて結婚したがらないのか、知ってるってのか?」

 プティの言葉に、フレイザーが反応する。

「うん」


 プティはこくりと頷いた。

 そして、ティーカップに注がれたお茶をレオン、フレイザーの順番に目の前においてゆく。

「プティ、いい加減な事を言うな」

 レオンが、じろりとプティを睨んで牽制する。


 が、プティにそんなものが効く筈もなく。

「レオンはねぇ、ロマンチストなんだよ〜」

 そんな言葉を口にする。


「だっだっだだだだっっ、誰がロマンチストだっっ!」

 レオンはあわてた様子でそういうと、イスの上で音を立ててのけぞった。

 そんなレオンの反応を見て、プティの言う事が嘘ではないようだと、フレイザーは確信した。


「そりゃ、どういう事だ、プティ? 詳しく俺に教えてくれよ」

 テーブル脇に立っているプティの方へ身を乗り出しながら、フレイザーが彼女の言葉の核心を聞こうと促す。


「なんでもねぇっ!」

 レオンが言うが、フレイザーは真っ向から無視だ。

 そして、プティは言った。


「レオンはねぇ〜、恋愛結婚に憧れてるんだよ〜。ほら、おとぎばなしに出てくるような、平民の女の子に恋をして、その子を王妃にする…だとか、そんな感じのロマンティックな恋愛結婚がしたいんだよ。可愛いよねぇ〜」


 海を隔てた向こうにある同盟国の王が、メイドの少女を見初めて結婚したという話を聞いて、たいそう羨ましがっていた事を、プティはその場で暴露した。

 21歳の、しかも軍事大国の国王が夢見ているのは、我々で言えばシンデレラストーリー。


 次の瞬間。

 執務室に響き渡るのは、フレイザーが大激怒する声とその言葉に反論し、やはり激怒するレオンの声。

「馬っ鹿かてめぇはーーー!!!」

「るせぇーーーー!!」


 一国の王がシンデレラストーリーに憧れ、それがしたいが為に、縁談をかたくなに拒んでいる。

 その様な状況を、宰相であるフレイザーが許せるはずがない。

 この国での、王妃の位は王に次ぐ高い地位。


 国の法律では、子のないまま王が死ねば、王位は王妃に引き継がれ、王妃は女王となる。

 つまり、恋におぼれて王妃にした相手が、王妃として相応しくない女性であった場合、国が荒れる恐れが出てくるのだ。


 フレイザーは、それを危惧した。

「お前の立場は何だ? 国王だろうが! その国王が、ホレタハレタで結婚していいと思ってんのか?あぁぁ?」

 怒りのあまり、フレイザーの言葉遣いが悪くなる。

 チンピラのように。


 だが、レオンは怯まなかった。

「黙れっ!黙れ黙れ黙れ黙れーーーっっ!!!」

 力の限り怒鳴ると二人を執務室から追い出してしまった。


「俺は絶対に、縁談なんかで結婚はしない! 恋愛結婚をするんだ!バーレン国のアスラン王のように!!!!」

 その言葉の後、執務室のドアが大きな音を立てて閉まり、施錠される音がする。


 それから暫く、レオンは執務室に引きこもったのだった。






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