ハッピーエンド



ボロ小屋で2人。ルーリスリアと真弘は食卓を囲んでいた。邪神との決戦前日だいうのに自分は何をやっているのだろうと思わなくもないルーリスリア。



「ルーリスのメシは今日も美味い!いつもありがとうございます!」


「……はぁ。マヒロはいつも美味しそうに食べますわね」



呆れた様子でため息を吐きながらも、自身の手料理を手放しに褒められてルーリスリアの頬は僅かに緩んでいた。



「あっ、マヒロ。頬にソースが付いていますよ。まったく……もうちょっと綺麗に食べられないんですかアナタは。ほら拭いてあげますので顔を寄せてください」



言いながらルーリスリアは真弘の頬を布で拭いてあげる。さながら赤ん坊の面倒を見る母親のようである。


それぐらい自分で出来ると反論しかける真弘だったが口を噤んだ。下手に反論をすればルーリスリアの機嫌が悪くなる。ここは好きにさせるのが吉であるとこれまでの経験から学習していた。



「マヒロは私が居ないと何も出来ませんね」


「それはある」



こうして世話を焼いてくれるルーリスリアが居なければ、なんのツテもない異世界で野放しされた真弘は確実に野垂れ死にしていたであろう。その点に関して真弘はルーリスリアに感謝していたが、内心はもうちょっと小言が少なければいいのにとも思っていた。



「明日はいよいよ邪神との最終決戦です」



食事を終えたところでルーリスリアはポツリと語り出した。



「そっかー。ついに邪神戦かー。邪神倒したら俺は元いた世界に帰れるんでしょ?ということは遂にこのボロ小屋生活ともおさらば……。これは是非ともルーリス姫には頑張って頂きたい……!俺はここでとても応援してますので、よろしくねルーリス!」


「…………マヒロはやはり元の世界に帰りたいんですね?」


「そりゃそうでしょ。特になんの力もなくて、役にも立たないのに、この世界に居たいわけなくない?」


「まぁ……そうですわね……」


「俺がこの世界に居る意味がそもそも無いでしょ?だいたいルーリスも俺の世話しなくてよくなるんだから、願ったり叶ったりでしょうに」



それに異世界いろいろ不便だしなーと付け加えて真弘はヘラヘラと笑う。真弘の言うことは全くもってその通りだった。それはルーリスリアも理解している。しかし、真弘のヘラヘラ顔を見ると無性に腹が立った。心がモヤつき、イラついた。



「元の世界に帰ったら……私とは2度、会えなくなりますよ?」


「それはちょっと寂しいけど、しょうがないね」


「……私が居なくて真弘はちゃんとやっていけるんですか?」


「まぁ、元の世界なら家族も居るし……大丈夫だけど?」


「そう……ですよね……」



そこでルーリスリアは言葉につまった。


自分が居なくても大丈夫とーーそう真弘に言われてルーリスリアは思いのほかショックを受けていた。



勇者大天の周りには何人もの美少女達が侍っている。ルーリスリアもまたそのうちの一人で集団における一人でしかない。確かに自分は必要とされてはいるが、もし自分一人が居なくなったとしても、その穴は別の誰かが埋めるだろう。勇者大天にとっての自分はそんな存在だろうとルーリスリアは考えていた。


しかし、真弘は違う。真弘にとって頼れるのはルーリスリアただ1人だけで、替えがきかない存在だ。ルーリスリアが見捨てれば真弘は野垂れ死ぬ。真弘にとっての自分は必要不可欠な存在で、無くてはならない存在の筈だ。だからこそ真弘には自分がいなくてはならないとルーリスリアは思っていた。


その筈だった。


だが、それは否定された。


別に居なくても大丈夫だと。



「マヒロ……私は先程、勇者様にプロポーズされました……」


「そうなの?」


「邪神を倒したら……私、勇者様と結婚するんです」


「そっか、おめでとう!勇者強いし、イケメンだし、性格もいいし、人望もあるし……勇者とルーリスがくっつくなら次の王様は勇者になるん?ならこの国は今後も安泰だね! やったぜ!」



その言葉に裏表は無かった。真弘は心の底から勇者と王女の結婚を祝福しているように見えた。



吐き気がした。


目眩がした。


気分が悪くなった。



わけが分からない。ただただ、気分が悪い。気持ちが悪い。


何故。理由が分からない。何故、何故、何故。


ルーリスリアはその後のことをよく覚えていない。


気がつけば自室に戻って、ベットに横になって、枕に顔を埋めて、泣いていた。何故。何故、涙がとめどなく溢れてくるのか理解出来なかった。何も分からないままルーリスリアは涙で枕を濡らした。



勇者の活躍によって邪神は無事に倒される。


そして、真弘はあっさりと元の世界へと帰った。


別れの挨拶はしなかった。ルーリスリアは真弘の顔が見たくなかった。


邪神討伐を祝って祝勝会が開かれる。その場で勇者と王女、そして仲間達の婚約が発表された。誰も彼もがそれを喜び、全国民に祝福された。


国を上げて大体的に勇者達の結婚式が催されることになった。


何ひとつ文句の付け所がない完璧なハッピーエンドだった。人々を苦しめていた邪神は勇者と仲間達の手によって討伐された。そして苦楽を共にした仲間達は結ばれて、これからは幸せな人生を歩んでいく。一切、隙のない幸せなハッピーエンドだ。


皆が皆、笑顔で、これから始まるハッピーエンドのその先の未来に想いを馳せる。


たった1人ーールーリスリアを除いて……。


邪神戦において勇者の次に活躍を見せたのはルーリスリアだった。邪神相手に普段のような可憐さとは掛け離れた過激で苛烈で、まさに鬼神の如き猛攻を見せたルーリスリア。邪神討伐への意気込みが違うーー仲間達にはそう見えたが、それは見方によってはただ邪神相手に八つ当たりをしているだけのようにも見えた。


勇者によって邪神にトドメの一撃が刺されたその瞬間。ルーリスリアは膝から崩れ落ちて、声を出して泣いた。


怨敵を打ち倒し、嬉しさのあまり感極まって泣き出したのだと仲間達は思った。


しかし、それは違った。


終わった。これで最後だ。これでサヨナラなのだ。


祝勝ムードの中でルーリスリア1人だけが、ずっと浮かない表情をしていた。


それは結婚式当日の朝になっても変わらない。


少し1人になりたいとルーリスリアは仲間達に告げて、かつてのボロ小屋へと赴いた。


そこにはもう誰も居ない。


そこで誰かが暮らしていた痕跡が僅かにだけ残されていた。


部屋は散らかっていない。もう自分が掃除をする必要も無い。


慣れない料理をすることも無い。もう自分の料理を食べてくれる人はいない。


疲れているというのにダル絡みしてくるバカの相手をする必要は無い。そのバカはもうこの世界にはいない。


そもそも王女の自分がやることではなかった。明らかに使用人がやるようなことだった。それをやる必要はもう無い。


もう隠れてこっそりとここに来る必要は無い。



必要、無い。



ふとテーブルに手紙が置いてあるのに気がついた。それを手に取って確認すると真弘からルーリスリアに宛てた手紙だった。



”ルーリスへ”


今まで世話を焼いてくれて本当にありがとうございます

おかげで野垂れ死にしないですみました

邪神討伐も本当にありがとうございます

これで無事に元の世界に帰れます

何から何までありがとうございます

あとご結婚おめでとうございます

これからは勇者達と幸せになってね


さようなら


”マヒロより”



感謝の言葉が綴られた手紙を読み終える。



「なんでッ……!」



ルーリスリアは衝動的にその手紙を破り捨てた。



「私のことが必要だって!私がいなくちゃダメだって!そう言ったのに!なんでッ……そんな簡単にサヨナラなんて言えるのッ……!」



叫ぶ。



「お掃除してあげます!服も洗ってあげます!食事も用意します!全部好きな物にします!味付けも好みのものにします!食べさせてもあげます!汚したら拭いてあげます!3食ちゃんと用意します!オヤツも付けます!お小遣いもあげます!欲しい物は買ってあげます!話し相手にもなります!昼間まで寝ててもいいです!ずっとゴロゴロしててもいいです!働かなくてもいいです!ちょっとぐらいならえっちなことをしてあげてもいいです!全部、全部、私がッ……私がしてあげますからッ!何もしなくてもいいですからッ!マヒロのお世話は全部私がしてあげますからッ……!」



溜め込んでいた感情が次から次へと止めどなく溢れ出た。


ひとりになってしまったボロ小屋でルーリスリアは叫ぶ。その叫びは誰の耳にも届かない。



「だから……サヨナラなんて、言わないで……」



自分が何をしたかったのか、それを理解した。


一緒に居たかった。


これから先もずっと一緒に居たかった。


ただそれだけのことだったと理解した。


そして、それがもう手遅れだということも理解した。






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