プレデター
突然の来訪者を告げるインターホン。
時刻はなんか夜。こんな時間に我が家を訪れる者に心当たりは無い。なんだろ。宅配便かな?俺は何も頼んでないし、両親が何か荷物を頼んでいたのだろうか。
「真弘、出て」
「はい。今、出まーす」
居留守を使う訳にもいないし、美希に促されるまま俺は玄関に向かう。そして、特に何も考えずに扉を開けた。
「来たよ」
扉を開けた先には美希に負けず劣らずの無表情なクール美女が立っていた。知ってる顔だ。俺のひとつ上の学年であり、それなりに交友がある詩良先輩だった。
俺は玄関を開けたことを後悔した。先に誰が来たのかを確認しておくべきだったのだ。この先輩は非常に不味い。しかし、後悔時既にお寿司……じゃなくて遅し。直ぐに寿司ネタに走るんじゃないよ、まったく。
とりあえずワンチャンしようか。詩良先輩のことを見なかったことにしてワンチャン扉を閉めてみよう。ワンチャンス、ワンチャンス。
俺はそっと扉を閉める。
ガッ!(勢いよく扉を掴む音)
「なんで閉めるの?」
閉めようとした扉は詩良先輩の手によって止められてしまう。もう押しても引いてもビクともしない。力強すぎん?ワンチャン失敗!知ってた!
「ねぇ」
「あっ、いや。コレは……反射的に?」
「どうしてかな?」
「心の準備が出来てなくて……」
「ふーん。まぁ、いいよ」
ジトッと俺を見つめる詩良先輩。どう見ても納得してる様子では無い。とりあえず話題変えよ。話を逸らそう。
「そ、それで詩良先輩はどうして我が家に?」
なんでこのタイミングで詩良先輩が我が家を来訪したのか。そもそも詩良先輩なんで俺ん家の場所を知っているのか等々、疑問は山のように降って湧いてくる。
「お義父さんにお義母さんは?」
それは俺の両親ということでいいだろうか?何か絶妙にニュアンスが違うような気がしないでもない。合ってると言えば合ってる。合ってるはず。
「2人とも出掛けてて今日は帰ってこないです」
「……そ。あんたの彼女として挨拶しようと思ってたんだけど、残念」
「…………」
かっ……過去回想ッ……!
『あんたを私の彼氏にしてあげる』
『嫌です。遠慮します。お断りします』
『無理』
俺はちゃんと断り入れてる。断り入れてるよね、俺?俺の記憶違いか。違くない。違くないけど、どうやら俺と詩良先輩の間で致命的なまでの認識の齟齬が生じてると思われる。断ったのを断ればそれは即ち了承の意。断る断るすれば反対の反対で承認という極大暴論ぶん回した結果。俺と詩良先輩は晴れて恋人同士……って、そんなことあるはずあるかい。もう何言ってるか、わかんなくなってきたよ!つまりアレだ!俺と詩良先輩は付き合ってるんだって!俺が彼ピで詩良先輩は彼女なんだって!どうして!?
過去回想終わり!俺もいろいろ終わり!
「んー……?」
詩良先輩は何を思ったのか、鼻をすんすんと鳴らしながら俺の首ら辺に顔を寄せて匂いを嗅ぎ始める。
「いい匂い……お風呂上がり?」
「あっ、はい」
「やっぱり」
つい今さっきバーサーカー様にイカ臭ぇから体洗ってこいと命じられたので風呂に入ったばかりであった。流石に常日頃からイカ汁撒き散らしてる俺でも風呂上がりはフローラルなシャンプー臭がするよ。
「体洗って待ってたんだね」
そういう訳では無いけども……。
詩良先輩はペロリと舌を舐める。何そのスケベな仕草。とってもスケベ。そして、その瞳は極上の餌を前にした捕食者のソレである。
「食い散らかされるッ……!」と、俺の生存本能が警鐘を鳴らした。しかし、蛇に睨まれた蛙の如く、俺の身体は恐怖で動かない。このプレデター怖いゲコォ……。
「ほら、中入って」
詩良先輩の手によって俺の身体がくるりと回れ右。後ろから首にするすると詩良先輩の腕が蛇のように絡みついてくる。その腕は驚く程に冷たく背中がゾクゾクする。なんだろコレ。戦慄が走るって奴かな?
ぐいぐいと背中に当てられた詩良先輩の慎ましやかなモノに押されて、家の中に入るようにと促される。
待って。やめて。このまま家の中に入りとうない!入りとうない!この先にバーサーカーが居るんです!不味いんです!
「あ、あの、先輩……!ちょっ、ちょっと待ってもらっていいですか……?」
「なに?」
首だけで振り向くと、俺の顔のすぐ横に詩良先輩の顔面があった。今にも唇と唇が触れてしまいそうな至近距離。詩良先輩の生暖かい吐息をモロに顔面に受ける。一瞬、意識が飛びかける。あっ、女の子のにほひ、しゅき……ーーじゃなくて!
踏みとどまれ、俺!このプレデターの思うがままに流されるな!このまま行ったらバーサーカーとプレデターが邂逅だ!どう考えても宇宙大戦争かなんかが起きるぞ!
ここは何とかして詩良先輩にはお帰り願いたい。ただでさえ現場はごたついてるのに、これ以上ややこしくさせてたまるか!
「実は今、幼なじみが来てまして……」
「あんたの幼なじみ?それなら彼女として挨拶しなきゃね」
「あっ、いや……!その幼なじみが実はかなり人見知り激しいので知らない人が急に中に入ってきたらビックリするかなって!」
「へぇ……」
即席のそれっぽい言い訳をでっちあげる。初対面の相手でも気に食わなかったら拳で分からせるバーサーカーさんが人見知りか否かは置いておく。あれ?俺の幼なじみ結構ヤバい奴だったりする?うん。ヤバい奴だよ美希は。諸々の原因は俺にあったりするが、それは今は些事。
俺の言葉を聞いて背中を押す力が弱まる。これは耐えたか?
「ちなみにその幼なじみ……女?」
「女ですけども……?」
「ふーん……」
悪寒。
空気が、2度3度下がったような錯覚を覚えた。
そんな感覚を感じるや否や。首に絡みついている詩良先輩の腕に徐々に力が籠る。獲物に絡みついた蛇のように徐々に徐々に力が篭っていく。締まる。締まってます。コレあかんヤツです。締まってます。ホント締まってます。息止まりそうです。
「私以外の女が……中に居るんだね?」
底冷えする声色で詩良先輩は俺の耳元で囁いた。
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