負けヒロインのひとりごと
にんぎょうやき
第1話
幼馴染というのは至って損な役回りだと思う。
小さな頃から一緒にいて、家族ぐるみで仲が良くて、お互いのちょっと恥ずかしい秘密なんかも知っていたりして、お互いにお互いの成長模様を見届けて。
親友以上、恋人未満、家族もどき。
そんな関係性が長いこと続いているから、私たちの仲は今更それ以上にも以下にもなりはしない。
良くも悪くも、何も変わらない。
「──さんって分かる?C組の子なんだけど…」
それに気づいたのは中学二年の頃、彼からそんな恋愛相談をされた時だった。
地に足ついたまま宙に浮かんでいるような、なんとも形容し難い初めての感覚に襲われたのを今でも覚えている。
ずっと側にいる私には見せたことがないのに、"ポッと出"のその子を想えばそんな赤らんだ顔を浮かべられるのかと。
その時の相談内容は精々「少し気になっている」程度の話に過ぎなかったのだけれど、それだけでまあ大体察せる。
彼は恋をしているのだ。
私が対象になることのない恋を。
大事な相談をするぐらいだから、彼にとって私が"特別"な存在であることは間違いないのだと思う。
でも、
それはあくまで親兄弟に向けられるような"特別"。
異性としてのそれでは決してない。
きっと、長く隣にい過ぎてしまったんだろう。
別に悲しくはならなかった。
落ち込んだりもしなかった。
ただ人生ってつまらないなと、心底呆れた。
彼に対する恋心を自覚したのも、おそらくこの時だった。
それからアプローチを始めてみた。
もう手遅れのような気もするけれど、何もしないまま失恋するのも納得がいかない。
それに彼はおそらく、自分の恋心にまだ無自覚的だ。
なら、異性として意識してもらえればチャンスぐらいはあるかもしれない。
趣味じゃないお洒落な服を着てみたり。
何でもない日にそれとなく贈り物をしてみたり。
知らないふりして、カップル御用達のカフェに誘ってみたり。
らしくないけど、自然なボディタッチなんかも交えてみたり。
とにかく色々やった。
こんなに自分以外の人間に尽くすのは初めてだと思うくらい、色々やった。
「──多分、好きなんだと思う。…あの子のことが」
でもやっぱり、あまり意味はなかった。
むしろ以前より少しぎこちなくなった気さえする。
まあそうだよね。
君にとっての私って、そういうのじゃないもんね。
色恋とか、性別とか、そういう煩わしいものに気を遣うことなく一緒にいられる。
そんな私のことが好きなんだもんね。
幼馴染として。
私から君への好きも。
君から私への好きも。
どちらも同じ好意ではあるハズなのに、どうしてこうも噛み合わないのかな。
いっそ正直に告白でもしてしまおうか。
そうすれば否が応でも、彼は私を異性として、恋愛対象として認識せざるを得ない。
きっと凄く困らせるだろうな。
でも、知ってもらえさえしないのも悔しい。
凄く自分本位で我儘かもしれないけど、それくらいの迷惑はいいじゃん。
だって私、ずっと側にいたんだからさ。
「──ああ、付き合うことになったんだ。俺たち」
電話越しにも伝わる嬉々とした声色で、彼はそんな報告をしてきたと思う。
律儀だな、というのが最初に浮かんできた感想で、驚きはと言えば特になかった。
最近の二人の仲睦まじさを見れば、この日が来るのは時間の問題でしかなかったのだし。
告白はしなかった。
するタイミングは幾らでもあったのに、怖気づいてしまった。
勿論、今の関係性が壊れるかもしれないって恐怖は強かったと思う。
けれどなにより、両片想いをしてる二人に気づきながら、なお自分の良心を殺してそこに水を差すような真似をする罪悪感に耐えられなかった。
だって想いって年月の長さじゃないと思うから。
長く側にいただけの私のなんかより、短くてもすぐにやるべきことをやったその子の想いの方が、ずっと尊くて実るべきものに決まってる。
っていうのは、少し卑屈が過ぎる気もするけど。
どちらにせよ、二人の間に割って入る権利など、たとえ
分かりきった結末。
なのに分かりやすく傷ついてるのは、やっぱり"でももしかしたら"って淡い期待がどこかあったから。
ほんと、愚かしいったらありゃしない。
頑張って自分を言い聞かせようとしても、心は素直で延々と悲痛と後悔を叫んでる。
私自身もこれくらい素直になれていれば、何か違ったのかな。
けど全ては後の祭り。
今更どうにもなりやしない。
こんな気持ちは全て奥底へと沈めてしまおう。
未練なんて、抱えててはいけないのだから。
「──最近色々あって、ぎくしゃくしててさ。……どうすればいいのかな…俺」
は。
なにそれ。
驚きの余り、思わず胸ぐらにでも掴みかかってしまいそうだった。
表面上だけでも動じずにいれたのは奇跡だと思う。
聞く話によるとなにやらトラブルがあったらしい。
二人の間に、ではなく二人の家族の間に。
その詳細までは聞いてないけれど、おそらく二人の交際を許すだの許さないだので色々いざこざが生まれたんだろう。
彼の両親は品行方正、文武両道を心掛けた由緒正しい家柄の出で、小さい頃から彼の友人付き合いにまで厳しく口を出すほどの教育熱心。
片や、相手の子の家庭は奨学金を貰えなければ高校進学すら怪しいほどの貧困、それゆえなのか子供への束縛が異常な毒親とのこと。
双方ともにそんな親を持つとなれば、それが恋路の障壁になり得ても何らおかしな話ではない。
そっか、可哀想だね、同情するよ。
でも、そんなの知ったことか。
なんで世界で一番不幸みたいな顔してるの。
君の恋は実ったわけじゃん。
だったら、お願いだからせめて表面上だけでも幸せそうに振る舞っていてよ。
それだけで私は報われるのに。
なのにどうして、実らなかった私よりも君の方が痛々しい顔をしてるわけ。
何があっても二人で乗り越えて、末永く円満であり続けてくれなきゃ。
でなきゃ、欲が出ちゃうじゃん。
だって私、君と同じ両家の出だよ?
小さい頃から付き合いがあって、君のご両親にも気に入られていて、そんな私との交際だったらきっとすんなり認めてもらえちゃうんだよ?
ならもう私でいいじゃん。
幼馴染を選ぶのが、何よりもベストの選択じゃん。
なんて、色気づいちゃうんだから。
やめてよ。
…でも、それくらいは狡くてもいいよね。
だって私、ずっと側にいたんだよ?
変わらない関係を望む君のために、自分の気持ちを押し殺して側にい続けたんだよ。
だから、それくらいはあったっていいじゃない。
「──なあ…どうすればいいと思う?俺は、どうすれば…」
弱ったところに付け込む、権利くらいは──
ーー
やっぱり、幼馴染というのは損な役回りだと思う。
年を重ねても、体が大きくなっても、環境が変わってもなお、変わることのないその関係性は言わば日常の象徴。
移ろい行く世界の中で唯一不変で在り続けるからこそ、彼にとって私は特別な存在になり得る。
だから、私たちの関係はずっと小さい頃と同じ。
彼と出会った時のことを思い出した。
小学校に入って間もない頃だ。
当時勉強ばかりで社交性に欠けていて、協調性を乱してはよく虐められていた私に、最初に声を掛けてくれたのが彼だった。
どうやって仲良くなったのかはよく覚えてないけれど、親が厳しいとか、勉強が大変だとか、そういう共通の話題が多かったんだと思う。
初めて、同じ年頃の子と一緒にいて楽しいと思えた瞬間だった。
孤独だった私に初めての世界を見せてくれて、初めての感情を教えてくれて、陰鬱な日常を魔法みたいに一変させてくれて。
彼と共に歩んだ日々があるからこそ、今の私がある。
だから、弱ったところに付け込むみたいな真似はやっぱり出来なかった。
辛かったとき、私に手を差し伸べてくれた彼には、ほかの誰よりも幸せでいてほしいから。
彼が辛そうにしているなら、今度は私が手を差し伸べないといけない。
それが私の恋慕と相反する行いだったとしても。
それが私が側にいる理由だから。
幼馴染わたしのやるべきことは、何も変わらない。
「二人で行く予定なんだ。そう、今週の日曜日」
その甲斐あってなのかはともかく、彼らはまた元の良好な関係に戻ることが出来たらしい。
あのあと二人が何をして、二人の家族の間で一体どういうやりとりがあって、どのような落とし所に至ったのか。
私は何一つとしてそれを知らない。
聞く気もない。
ただ収まるところには収まったらしい。
部外者の私からすれば、その結果を知れただけで十分だ。
寂しい気持ちは当然ある。
失恋に対するやり切れない思いも。
他の誰かのものになった好きな人の姿なんて、見てて面白いわけもないし。
けれど移ろい行く世界の中、大人になっても、恋人が出来ても、良くも悪くも何も変わらない関係性。
そういうのも悪くはないのかもしれない。
少なくとも特別で、尊いものでは間違いなくある。
だから、今はそこに甘んじておこう。
そして、隙を見せれば奪ってやる。
なんて、出来もしないことは言わないけど。
でもこうやって、たまに愚痴を吐き散らすくらいは許されるでしょ?
しがない
負けヒロインのひとりごと にんぎょうやき @fyuki0221
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