第6話【本当のプロポーズ】


 そのドアの向こうから聞こえる啜り泣きに、アスランは心の痛みを感じた。

 王妃の部屋から聞こえる、アルルのなく声に…。

 アスランは一つ深呼吸をすると、目の前のドアをそっと開いた。


 すると、泣き声は更に大きくアスランの耳に届く。

 自分の浅はかさから、アルルを個々まで悲しませてしまった事に、アスランは酷く後悔を感じた。


 広い王妃の間の片隅にある、3人掛けのソファーに座り、アルルはそこに据え付けられていたクッションに突っ伏して泣いていた。


 しゃくり上げる度に、アルルの小さな肩が大きく揺れる。

 アスランは、そっと彼女のもとへと近づき、震える花嫁の肩に優しく手を置く。

 とたん、びくりとアルルの体が震えた。


 そして、恐る恐るといった様子で、クッションから顔を上げ、アスランのほうへ顔を向ける。

 涙に濡れ、腫れ上がったその両目が痛々しい。

 アスランは思わず顔を歪める。


 一方のアルルは、アスランの突然の来訪に、酷く驚いていた。

 アスランは、酷く申し訳なさそうにアルルを見詰めている。

 アルルは言葉も出せないまま、ただアスランを見つめるしか出来なかった。


「すまない…」

 少しの沈黙の後、一番最初に口を開いたのはアスランだった。

 アルルは驚き、思わずまだ涙に濡れた両目を見開く。

 何故、彼が謝罪をしたのか、理由が考え付かないからだ。


 ただ、驚いた顔のまま、アスランをじっと見詰めるしか、アルルには出来ない。

「お前をこんなに泣かせてしまう事になって、本当に申し訳なかった…」

 アスランはそう言いながら、アルルの頬に右手を伸ばす。そして、彼女の涙を拭った。


「俺一人で舞い上がってた。国王である俺との結婚なのだから、アルルだって嬉しいだろうと勝手に思い込んで…。バカな事をしてしまったと、後悔してるよ。ちゃんとアルルと会って話をしてから、話を進めるべきだった。」

 アスランの紡ぐ言葉の端々から、彼の後悔が、アルルへの申し訳なさが伝わってくる。


「結婚に関しては、もう国中はおろか諸外国にも伝わっていて、やめる事は出来ない…。無理やりという形になってしまうけれど、近日中に俺と結婚する事になる」

 どんなに、早まってしまったと思っても、婚儀については全て話が広まっている為に、婚儀の予定を遅らせる事は不可能に近い状況だった。


 だから、アルルはもう、アスランの妻に、王妃になるのは決定事項なのだ。

「でも、その代わり…というのはおかしいかもしれないが…、俺はアルルを一生幸せな妻にすると誓う。アルルだけを生涯愛して生きてゆく。だから…、だからアルル、俺を嫌わないでくれないか?」


 アスランの口から紡がれるその言葉に、アルルは更に驚いた。

 だが、それと同時に彼が本当に自分を愛しく思ってくれている事も感じた。

 彼の表情が、アルルにそれを信じさせてくれたのだ。


 元来、アルルはお人よしで、人をすぐに信用する性格であるが、それを差し引いても、信頼できると、そう思える。

 だから、アルルはアスランの言葉を素直に受け入れる事が出来た。


「虫の良い話だとは、わかってる。気持ちを無視して王妃にと、無理やり王宮につれてきて……。本当にごめん…。でも、アルルに嫌われたくないんだ…」


 それは、アスランの心からの気持ち。

 アルルにも、その気持ちは伝わった。

「はい…陛下」

 アルルはそう答えて微笑んでみせる。

 確かに、突然のことで色々と恐怖したりしたけれど。


 そんなアルルの気持ちに気付き、自分の間違いに気付き、謝罪をしてくれたアスランの潔さは、とても好感が持てた。

 だから、アルルはアスランを嫌いになる事は出来ないと思った。

「アルルは、陛下を嫌いになったりしません」


 泣いていたせいで、鼻声ではあったけれど、アルルはしっかりとした言葉遣いでアスランに伝える。自分の、偽りのない気持ちを。

 すると、アスランの表情がみるみる明るくなってゆく。


 ただ、嫌いになったりしないという、アルルの言葉一つで。

「ありがとう」

 アスランは満面の笑みで言った。そして、アルルの目の前で膝を付く。

「陛下?」

 アスランの行動に困惑し、アルルは小首をかしげた。

 しかし、アスランは相変わらず笑顔のまま、アルルの右手を己の右手で取ると、その手の甲に口付けを落し、ぎゅっと握り締める。

「今更…だが、プロポーズをさせてもらっても良いか?」


 その言葉を聞いて、アルルは彼が何故膝を付いたのかに気付いた。

 大昔に廃れてしまったプロポーズの慣わしを、彼は目の前で行おうとしているのだ。

 男性が妻となる女性の前に膝をつき、その右手のコウに口付けて求婚する…という。


 アルルがそれを知ったのは、ユーミルに付き合って大昔の本を読んでいたからでは会ったけれど。

 それはさておき、アルルはアスランの願いを聞き入れた。微笑んだまま、こくりと頷いたのだ。

 それを見て、アスランは口を開いた。アルルの手を握る自分の手に少しだけ力を込めて…。


「この愛しいぬくもりを持つ貴女に、私は永久とこしえの愛と幸を与え続けると誓う。だから、私の願いに答えてもらえないだろうか? どうか私の妻となって欲しい……」


 真剣な眼差しをアルルに向けて、アスランは言葉を紡いだ。

 遅すぎるプロポーズの言葉を。


 その言葉に、アルルは静かに頷いた。

 それを見て、アスランは再びアルルの手の甲に口付けをした。

 今度は先ほどよりも長めに……。










 それから数日後。

 王都一、大きく由緒ある教会で、結婚式が執り行われた。

 国王と、その王妃となる少女との結婚式が…。

 それはそれは盛大に。



 だが、それは二人にとってのスタートライン。

 二人の関係は、これから始まり進んでゆくものなのだ。

 本当の意味で、幸せな結婚となる日は、そう遠くないが近くもない日。


 だが、そうなる迄のアスランの道のりに、沢山の苦悩が待ち受けていた。

 それを知っているのは、王宮に住むアスランやアルルに近しいもの達だけなのだが……。

 それはまだ、別の話としておこう。














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ただの平民メイドだったのに、好色王に一目惚れされて、王妃になりました…… Seika @seikak

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