第5話【獅子王の後悔】

「アルルに、恋人や想い人の類は居ないと言っていたな、ミハエル公爵」

 アルルを謁見の間から下がらせ他の地、そこに残ったミハエル公爵に、アスランは鋭い視線と共にそんな言葉を投げつける。


「ま…間違いなく、アルルにその様な男は降りません。誓って嘘ではありません、陛下」

 ミハエル公爵は、蒼い顔で頭を横に振った。

 と、そこへ。

「つまり、アルル嬢は、今まで国王陛下が接していらっしゃったどの令嬢とも違う部類であると、そういう事ですね」


 そう、ミハエル公爵を庇うかの様に口を挟んだのは、四大貴族の中でたった一人の女公爵、マルグレーテ・ヒールビル公爵。

 ヒールビル公爵の言葉で、アスランはアルルの脅えの理由について悟った。


 そして、自分が手順を間違えて彼の少女を手に入れようとしているという事にも。

 一目ぼれで恋に落ち、舞い上がりすぎていたのかもしれない。

 ……いや、舞い上がりすぎていた。


 その事に気付き、愛しい少女を手に入れる事が出来ると舞い上がっていたアスランの心は、一気に地に落ちる。

 アスランの口から大きな大きなため息が零れ落ちた。


 あまりに考慮のない自分の行動が酷く恨めしい。

 この事で、アルルがどれだけ辛い思いをしているのか、想像するのは容易だ。

 アルルを苦しめてしまった事に後悔のあまり息がつまり、アスランはまた大きな大きなため息を付いた。



 後宮の王妃の間に、アルルは女官によって連れてこられた。

 とても豪奢な広い部屋。

 アルルが今まで仕えていた、ミハエル公爵邸のどの部屋よりも豪奢な造りで広い。


「ここは、後宮の中でも一番素敵なお部屋なんですのよ。あちらの出窓から見る外の景色はそれはそれは素敵なもので…、王都を一望する事が出来るのです。是非、ご覧になってくださいませ、アルル様」

 女官がニコニコと笑いかけながらアルルに言う。


 「様」という敬称に違和感を感じつつも、アルルは微笑をつくり、こくりと頷いてみせた。

 それから、女官は暫くこの部屋でお休みくださいとそういい残すと、部屋から立ち去ってゆく。そうなれば、独りぼっちになるアルル。


 押し寄せてくるのは、寂しさとこれから先の未来への不安。

 自分の意思もないまま、王妃にならねばならないのだ。無理もない。

 謁見の間に向かう途中に、ミハエル公爵に言われた言葉も、気休め程度でしかない。


 独りぼっちになったことで、緊張の糸が切れ、アルルは近くにあったソファーのクッションに顔を突っ伏して、しくしくと泣き出してしまった。


 一方その頃、アスランは一人、後宮へと足を向けていた。

 気持ちを無視して、結婚しようとしてしまった事を、アスランは酷く後悔していた。

 誠心誠意謝って、そして、彼女を愛しく想う心の内を伝え、妻になって欲しいとプロポーズをしよう。


 もう、結婚の話も、段取りも決まってしまっていて、やめることの出来ない状況なのだが、それなりの誠意をアルルに見せなければならないと、アスランは想っている。


 アルルに、マイナスイメージで見られている事は、先ず間違いないのだから、せめて少しはそのイメージを払拭して、婚儀にいたらなければ…。

 アスランは強く心にそれを思い、アルルの居る王妃の部屋へと向かうのだった。






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