第3話【王宮の道のり】


 自分が今まで仕えてきた屋敷の何十倍も大きな城。


 バーレン王国の王都の中心にそびえるその王宮を目にした時、アルルはめまいを覚えた。


 事故で両親を亡くし、ミハエル公爵の子供達、ユーミルとその弟エドワードの乳母であった祖母に育てられたアルル。


 自分を妹のように可愛がってくれるユーミルやエドワードに恩返しをと考え、十歳でメイドとしてミハエル公爵邸で働き始めた。そして、ずっとずっと、メイドとして大好きな人たちの為に働いてゆくのだと、アルルはそう思っていた。


 それなのに…。

 アルルは今、自分がかつて思い描いた場所とは違う場所に居る。己が働いていた屋敷の主、ミハエル公爵とともに…。


 ミハエル公爵から、アスラン王が自分を王妃にと言っていると聞き、アルルは酷く困惑した。

 確かに、アスラン王との面識があるにはあったアルルだったが、それは一瞬の事である筈。


 アスラン王が、王妃候補であったユーミルに会った時、アルルはその後ろでメイドとして控えていた。


 けれど、王の目の前には国一番の美姫のユーミルが居た。アルルとユーミルが並べば、男はユーミルを見るというのに、アスラン王は何故自分を見たのか。そして、何故自分を妻にしたいと言い出したのか。アルルには解らない。


 一目ぼれをしたのだと、ミハエル公爵が言っていたのだが、正直信じる事が出来ない。しかし、アスラン王との結婚の話は進むだけ進んでしまっていて、信じるも信じないもない状況。


 恐れ多いと辞退しようとしたのだが、アスラン王に嫁ぐ事は王からの命令だとミハエル公爵に言われてしまえば、断る事は不可能で。


 そして、あれよあれよという間に、時間は過ぎて行き、アルルはやってきた。

 一度会ったきりのアスラン王の許へ。

 彼からの贈り物だという、純白のドレスを身に纏って……。


 ミハエル公爵に連れられて、アルルは宮殿の廊下を謁見の間へと向かって進んでゆく。

 時折、廊下の隅で控える王家に仕える兵士や女官達の前を通れば、彼らは皆アルルに頭を下げた。けれど、通り過ぎれば視線が投げかけられる。


 王に見初められたメイドの娘と、宮殿内でも噂なのだろうと、教えられることもなく解ってしまう。

 そんな視線に居心地の悪さを感じてしまうのは当たり前の事。

 王妃になりたいだなどと、アルルが思った事は一度としてない。分相応というものがある。自分が王妃になるだなどと、空想ですら思った事はなかった。


 アスラン王に対しても、良い国政を敷く国王陛下という程度の認識しか持っていなかった。人となりを知らない男性に嫁ぐ事になり、これから自分がどうなってしまうのか、アルルは不安でならない。


 そんな彼女の様子に気付いたのだろう。ミハエル公爵は言葉を紡ぐ。

「結婚の儀が全て終わったら、ユーミルを話し相手に後宮によこすよ。ユーミルだってアルルに会いたいだろうし、足繁く通ってくれるだろうから、寂しくなんかないよ、きっと…」


 優しい口調で、ミハエル公爵は言う。

「ありがとうございます、ミハエル公爵様…」

 そんなミハエル公爵に、アルルはとても感謝した。

 不安な事には変わりないけれど、少しだけ心が軽くなった気がした。




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