第2話【好色王の本気】

 ミハエル公爵邸での騒ぎから、暫し時を遡る。


 アスラン王が地方公務から、王都中央に立派に聳え立つ宮殿へと戻ってきて直ぐの事。

 アスラン王は己とともに国政の中枢を担う、四大貴族と呼ばれる四人の公爵達に言った。


 ミハエル公爵邸に仕えるメイドの少女、アルル・フォスターを王妃に迎える…と。

 その言葉に、宮殿内は大騒ぎとなるのは当然の事。


 平民の、しかもまだ十六歳になったばかりの少女を王妃になどと、王が言い出したのだから。

 しかも、一目惚れで…。


 それならば、別に王妃でなくとも側室で十分だろうと、話を耳に入れた貴族達は口々に言う。四大貴族達も、その他の貴族達も。

 けれど、アスラン王は気持ちを変えはしなかった。


 そして更に、側室全員に暇を出してしまったのだ。莫大な慰謝料という名目の手切れ金を渡して…。

 不満の火種になってもおかしくない行動であったが、そこはアスラン王もちゃんと考えていた。

 慰謝料を国民達の税から払うのではなく、己の個人的な資産から払ったのだ。


 アスラン王が王太子時代、経済を学ぶ為に行った交易で得た私財は莫大なもの。

 それを使う事で、国民の不満を持たせないようにしたのだ。


 そこは、王としての正しい判断であると、皆が思った。

 もちろん、お金だけで側室達の気持ちが治まるとは思えないのだが、それも、アスラン王が個人的に解決すべき事だ。


 それにしても、とんでもない事になったものだと、貴族達の皆が言う。

 地方公務の一夜の宿として、ちょうど良い場所にあったミハエル公爵邸で、アスラン王に側室を追い出してしまうほどの心変わりをさせてしまう出会いがあるなんて、誰も考え付かなかった事。


 しかもその出会いは、当時王妃候補であったユーミルに会った時だというのだ。

 アスラン王の心は、国一番の美姫を通り越して、メイドの少女に釘付けになってしまった。

「アルル以外の女は要らぬ」

 アスラン王は、そう皆に言い放つ程、アルルという少女に心を奪われてしまったのだ。


「いいんじゃないの、陛下がそう言うのなら、好きにさせたらいいよ」

 そう言ったのは、アスラン王の父、先代国王デューク・ハルフォード大公爵。


 バーレン王国の王は、好きな時に王位を退ける。

 もちろん、跡継ぎが居れば…だが。

 ハルフォード大公爵は、息子のアスランが成人してすぐ退位し、王位を彼に譲った。

 大公爵とは退位した王が名乗る爵位。


 表立って国政に参加する事はなく、国王や貴族達の相談役というポストだ。

 平民の娘を王妃にと言い出したアスラン王を、どうにか諦めるように…、せめて側室にするようにと、説得して欲しいと貴族達に頼まれて言った言葉がそれだった。


 この時点で、アスラン王の性格を良く知る四大貴族達は説得を諦めていたが、その他の貴族達は諦めきれず、ハルフォード大公爵を頼ったのだ。

 けれど、返ってきた言葉は貴族達をがっかりさせるもので。


「王妃は国政に参加しないし、何より平民の王妃という前例がない訳でもないし、アスランがアルル嬢を好きで妻にしたいというのなら、祝福してあげていいじゃないか。

 結婚に反対されて、アスランが拗ねてしまって、公務に支障をきたすほうが、よっぽど一大事だと思うんだけどね」


 ハルフォード大公爵は貴族達にそう言った。

 結婚を反対されたからといって、責任感の強いアスラン王が国政を放りだすとは思わないが、そう言えば貴族達は黙るだろうとそう考えて、ハルフォード大公爵は言葉を紡いだ。


 息子の恋を成就させてやりたいと思うのは、親心。

 女性にだらしなかった息子が、抱えていた側室全てを手放したというのだから、その恋は本気の恋だとハルフォード大公爵は直感している。


 ならば、祝福してやるのが、少女アルルとの結婚を反対する貴族達に認めさせてやるのが親としての仕事だとそう思っていた。

 アスラン王の説得を頼みにきた貴族達は、がっくりとうなだれたまま、王宮のはずれにあるハルフォード公爵邸を後にした。


 アスラン王とアルルの結婚は、誰にも止められないようだ。

 ミハエル公爵は困惑のまま、アスラン王の言葉をアルルに伝える為、王宮を後にし己の屋敷へと向かった。


 そして、あのリビングでの大騒ぎに話は繋がるのだ。











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