ただの平民メイドだったのに、好色王に一目惚れされて、王妃になりました……

Seika

第1話【公爵令嬢の嘆き】


 その出来事に、四大貴族ミハエル公爵自慢の屋敷は大騒ぎとなった。


 いや、ミハエル公爵邸のリビングが大騒ぎだった。

 その大騒ぎの元凶、ミハエル公爵の娘、ユーミル・ミハエルは酷く取り乱している。

「何故…? 何故、アルルなの?!」


 詰め寄ってくる娘を宥める父親、ヴァン・ミハエル公爵も、実は酷く困惑している。

 それもそうだろう。

 『獅子王』と呼ばれ、その有能さから、国民から沢山の支持を得ている、アスラン王がユーミルに仕えるメイドであるアルルという少女を王妃にすると言い出したのだから。


 バーレン王国随一の美姫と謳われるユーミルは、アスラン王の一番の花嫁候補。

 アスラン王も、ユーミルを后に迎える事を満更でもなく思っていた筈だった。


 それは、ミハエル公爵だけではなく、他の四大貴族の公爵たちや、その他の貴族達も皆が知っていた事。

 なのに……。


「どうして?! どうしてなのよ、お父様!!」

 ユーミルの興奮は収まらぬまま、父に更に詰め寄ってくる。

 そんな娘を宥める事が出来ず、ミハエル公爵は途方に暮れてしまった。


 どうして? だなどと、聞きたいのはミハエル公爵も同じなのだ。


 名君として、支持の高いアスラン王だが、一つだけ欠点がある。

 女性関係が派手なのだ。


 銀糸の様に美しい髪、エメラルドの様な瞳。母親譲りの、見惚れない人間は居ないと言われるほどの美貌。

 加えて王族という立場のあるアスラン王に、言い寄る女性は数知れず。アスラン王は王太子時代から、数々の女性と浮名を流していた。

 王になってからは、側室を十数人も後宮に抱えている程だ。


 そんな彼が何故、たまたま地方公務の途中、宿として使う為に訪れたミハエル公爵邸で、十近くも年の離れたメイドの、アルル・フォスターに一目惚れなどしたのか……。

 確かに、アルルはとても可愛らしい娘だが、ユーミルほどの美貌ではない。


 アスラン王がアルルを目にしただろうその時には、ユーミルも一緒に居た筈だ。

 それなのに、国一番の美姫を差し置いて、アスラン王の目に留まったのはまだ十六になったばかりの少女。

 世の中とは何が起こるかわからないものだ。

 

「私のアルルが、あの好色王の手篭めにされるなんて、いやぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 ユーミルは絶叫した。

 リビングの壁は分厚いので、廊下や隣の部屋には殆ど聞こえては居ないだろうが、傍にいたミハエル公爵はそうではない。ユーミルの絶叫のせいで、キーンという耳鳴りがしていた。


 そう、ユーミルが取り乱したのは、自分が王妃になれないからではない。

 自分が妹も同然に可愛がっているメイドのアルルが、女にだらしない国王に嫁がされようとしているから、取り乱しているのだ。


「ユーミル、好色王は言いすぎじゃないか? 確かに、ちょっと女性にだらしない所はあるが…」

 ミハエル公爵がそう言うと、ユーミルはキッと父を睨みつける。

「ちょっと?! あの武勇伝の数々…、あれでちょっと女性にだらしないと言うのですか?!」


 そう言われてしまうと、ミハエル公爵も二の句が告げない。黙り込むしか出来なくなるのだ。

 実際、好色王と言われてもおかしくない行動をしている王である故、女性関係に関して言われると、フォローの仕方がない。


「とにかく、アルルとの結婚を諦めさせて、お父様! 女にだらしない男に、私の可愛いアルルを嫁がせるなんて絶対嫌よ!!」

 父を睨んだまま、ユーミルは言い放つ。


「無理だよ…。もう、陛下のお心は決まってしまっているんだ。結婚は止められない」

 ミハエル公爵は、言った。

 主君であるアスラン王の命令は絶対。逆らう事は許されない。


 ユーミルは顔を悲しみに歪ませ、がっくりと肩を落した。

 と、そこへ、ドアをノックする音が響く。

 ドアが開き、リビングへ入ってきたのは、王妃にと望まれている少女、アルル・フォスター。

 チョコレートブラウンの巻き毛と、琥珀色の瞳が印象的なかわいらしい少女。


 アルルの姿を見るなり、ユーミルは彼女に駆け寄り抱き付いた。

 苦しくなるほど抱きしめられて、アルルは酷く困惑する。ユーミルが自分に抱きつく理由が解らなかったからだ。


 困ってしまったアルルは、助けを求めるようにミハエル公爵へ視線を向ける。

 すると、ミハエル公爵も、何故だか悲しそうな顔で。

 しかし、その後ミハエル公爵の口から伝えられたその言葉で、全ての理由を悟った。









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