第1話 事件発生

ランチの雑踏も落ち着き、人の通りもまばらになったころ。


「ウィーン」


音がなっていたエレベーターのドアが開く。

出て来たのはうっすらと汗をかき、荷物を両手で抱えた人だった。

歯を食いしばりながら、ある部屋の前に荷物を置いた。


「ピンポーン!」


勢いよくインターホンがなる。


「……」


中からの反応はない。


「ピンポーン!」


ふたたびインターホンを押してみる。


「お届け物でーす。誰かいませんか?」


「……」


中からの反応がないようだ。


「いないのかな。この時間の再配達で間違いないよなぁ……」


普段ならこのまま不在票を置いて帰るのだが、重たい荷物をまたここまでは大変だ。

本当に誰もいないのかドアノブを回してみた。


『ガチャ……』


ドアは鍵が閉まっていないようだった。


「誰か……いませんか……?」


ギ―っと音を立てるドアの隙間から、そっと顔を入れてみた。


「うぁぁぁぁ!」


部屋中には蜘蛛の糸のようなものが一面を覆っていた。

そして、その中心には……

蜘蛛の餌になった昆虫のように、ぐるぐる巻きになっ人がさかさまに吊り下がっていた。


後ずさりしながら、部屋から出ていく。


「け……警察……」


スマホを手に震えた指で番号を押そうとするが、なかなか押せない。

やっとの思いで110が押せた。


『トゥルルル……ガチャ……』


「事件ですか、事故ですか?」

「何かありましたか?」


「へ……部屋中に……く……蜘蛛の糸が……」


◇◇◇


「被害者は……斉藤ほのか、25歳か」


被害者に覆いかぶさる布を上げ、覗き込みようにしながら、刑事の佐藤がつぶやく。


「これで何件目ですかね。似たようなことが最近多くありません?」


手帳に名前を書きながら、同行している中村が答える。

最近この手の事件が多発している。

今回もその事件に関連が高いのようだ。


「そうだな。確か……8件目だったかな。」


佐藤は手を合わせ、被害者を拝む。

そして、佐藤は手帳を見ながら、類似事件の数を数える。


「これ、間違いなく、同一犯ですよね!」


中村は憤慨している。

事件が続いていることもあるが、検挙まで至っていない自分たちの不甲斐なさもあるのだろう。


「まぁ、そう怒るな」

「冷静に取り組まないと、重要なものを見逃すぞ」


佐藤は中村を窘めて、刑事としての経験を伝える。


「はーい」


中村は佐藤の小言にわかったのかわかってないのかのような気のない返事をする。


「今までの事件も異様だったが、幸い亡くなった方は出ていなかった」

「でも、今回は亡くなっている」

「もしかしたら、類似事件の模倣で別のやつの犯行かもしれない」


佐藤は見える状況から被疑者の傾向を考えているようだ。


「えーっ」

「違いますよ」

「絶対に同一犯ですって」


さらに怒りを出す中村は、あまり周りが見えていないようだ。

さっきの佐藤からの話も聞こえていないのかもしれない。

佐藤は苦笑いしながら


「どの現場でもなかなか証拠が少ない」

「模倣犯ってこともあるから、決めつけて動くなって」


さらに中村を窘める。


「はーい」


先ほどよりかはしっかりと返事をした中村だが、分かっているかは佐藤はいささか不安になった。


ここ最近、蜘蛛の糸が張り巡らされた部屋に気絶した人が吊るされている事件が続発していた。

佐藤と中村はその捜査にあたっていた。


今までは幸い亡くなった方は出ていなかったが、今回は違っていた。

念入りに証拠が現場を確認してみる。

キッチン、風呂場、寝室……

証拠となりそうな遺留品は見つからなかった。


現場を離れ、周りに聞き込みを始める。

友人、知人、近所などなどに話を聞いた。

しかし被害者に特に変わった様子はなかったようだ。

誰かに恨まれていたこともなさそうな普通の女性だった。


前の事件との関係性も調べたが、被害者に共通していることは何もなかった。

あえて言えば女性ということぐらいだろうか。


今のところ五里霧中で手がかりもつかめない。

それでも地道に捜査するしかないと思う佐藤と中村はあちこち駆けずり回って情報収集をするのだった。

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