その六

 とても愉快そうに酒を飲む専務と、専務の発言にいちいちツッコミを入れるかおるさんを相手にし、夜遅くまで小さな宴会は続いた。

 気付けば薫さんはソファーで寝息を立てている。部屋着には着替えているけど、化粧は落とさなくてもいいんだろうか。


「娘とゆっくり話をしたのは久しぶりだ。平林ひらばやし君のお蔭だな」


「いえ、そんな事は……」


「実はね、今日ここに来たのは薫に見せたいものがあったからなんだ」


 そう言って、専務は自分の鞄から何かを取り出した。アルバムかなと思ったら、お見合い写真だった。中身までは見せられなかったが。


「薫は1人娘だからな。経営は別としても、いずれ会社の株を相続する事になる。となると、今のうちに結婚をと思っていたんだ。この歳になるまで男を紹介される事もなかったしな。

 それに薫の祖父、まぁ社長だが、自分の残りの人生を気にし出してな。早くひ孫を見たいと」


 本当にうんざりしたような表情で、専務が社長の愚痴を平社員の俺に言う。ちょっと構図がおかしい。考え方を変えてみよう。彼女の父親が彼女の祖父の愚痴を、彼氏である俺に言う。やっぱり構図がおかしい。

 おかしいなぁ、はっはっはっ。


「ほらまだあるぞ、この酒はロックが一番美味いんだ。で、まぁ父親としては、好きな男と好きなタイミングで結婚してくれればと思う。それが娘の幸せだ。そう思っていた所で、姪から教えてくれたんだ。薫が気になり出した社員がいる、と」


「姪? 姪御めいごさんと言うと、あっ……、もしかして、野々村ののむらさんですか?」


「そうそう、あれは私の妹の娘でな。何かと薫の事を気にしてくれている。で、さっきその姪から連絡が来たんだ。薫が平林ひらばやし健太けんたって男を連れて帰るぞってな」


 あいつ、本当にやり手ババアだったのか……。それにこのお父さんも悪い人だ~。タイミングがずれてたら路チューしてる所まで見られたかも知れないじゃないか……。


「もう走ったな。久し振りに全力疾走して先回りだ。娘が、初めて、男を連れて帰って来る! 走るだろそりゃ!!」


 知らね~よ、こっちの身にもなってくれよ。


「平林君の事は報告を受けている。OJTも真面目に取り組んでいたらしいし、元々いた会社での働きも良かったと聞いている」


「はぁ、ありがとうございます」


「期待しているよ!」


 肩をバシバシと叩かれた。何を期待しているのいうのか。


「私も元々営業部にいてね。妻と付き合っているのがバレて、それからすぐに社長室へと配属になった。はっはっはっ!!」


 いやいやいや、何も面白い話してないよねぇ!? あれですか、お酒飲んだら笑い上戸になるタイプですかね専務は。


「ゴホンッ、会社では私の事は専務と呼ぶように」


 それ以外に何て呼べって言うんだよっ!? そんな渋い声で言う必要あるの!!?


「さて、私はそろそろ家へと帰るよ。くれぐれも、娘をよろしく頼むよ?」


 ニヤニヤしてんじゃねーよ! 無防備に寝てる娘を置いて行く父親ってそれでいいんですか!?


「あと、これは貰って行くから。こんなもんは必要ない、自然に身を任せるんだ。

 昔の偉い人はいいました、Don't think , feel !!」


 あぁー!! 俺の、俺達の0.01がぁぁぁ!!!


「ほれ薫! いつまで寝たフリしてるんだ、起きなさい。パパもう帰るから、邪魔したな」


「うっ……!? もう……」


 えっ!? 寝たフリ!!? もうヤダこの親子……。

 ガチャン! と音を立てて玄関が閉まり、ガチャガチャッ!! と音を立てて鍵が掛かる。そんなにアピールしなくても後で確認しますよ……。


「やっと2人きりになれたね……」


「さすがにそんな気分じゃねーわ……」





 まぁそうは言っても何やかんやあり~の、次の朝になってしまった訳で。専務がいた事でお預けになり、薫が寝たフリして専務とサシで飲む事になった逆襲も兼ねて、いっぱい泣かせてしまった。初めてなのにヤリ過ぎたと少しだけ反省している。

 あ、もちろん必要な物は改めて買いに行った。レッツ幸せ家族計画。この付き合いの延長線上に、薫との結婚生活があると俺は思う。実際に結婚するかどうかは別だけど。

 下半身を気にしながらも朝ご飯をささっと作ってくれ、薫と共に手を合わせる。


「「いただきます」」


 いいな、やっぱり。上品な箸使いだなぁと前から思っていたら、いいとこのお嬢様だった。社長の孫で、専務の娘で。そして1人娘。

 専務の話は実体験だったんだろうか。今日出勤したら辞令が貼られてて、俺が転属になっているなんて事は……、さすがにないよな?


「健太君、明日休みでしょ? 今日も、この部屋に来てくれませんか……?」


「うん、薫さえ良ければ。あ、でも一回部屋に帰らないと。着替えとか持って来ないと」


「ふふっ、良かった。お父さんがはしゃぎ過ぎて、面倒だなぁって思われたらどうしようと思った」


 いや、それはもう十分思ってるけどな……。


「俺は中途半端は嫌いなんだ、付き合うからには真剣な付き合いをしたい。もちろんその先の事を見据えた上で、な。

 それが重いって逃げられた事もあるけど、そういう経験があった上での薫との出会いでもあるしな。最初から一番の強敵かも知れない相手に背中を押されたんだ、後は2人で仲良くやって行けばいいんじゃないかな?」


「健太君……、よろしくお願いします……」


「こちらこそ、よろしく」


 俺はクールなキャラを演じている訳ではないが、たまには薫に優しいお姉さんになってもらい、甘えさせてほしいなぁと思う。まぁそれはおいおいでいいけど。






 2人仲良く手を繋いで出勤する訳には行かないので、タクシーで会社近くまで行き、そこからは別々のルートで出社する事にした。薫の歩き方がぎこちないのが気になるけど、その分時間早めに薫の部屋を出たのでゆっくりと歩いて行ける。

 俺が先にオフィスへ着き、ニヤニヤ顔の野々村を無視してデスクに座る。俺の名前の入った辞令が貼ってないのは確認済みだ。しないだろうな、と思ってもあの専務の事だ。何が起こるか分からないと身構えておいて損はないだろう。


「おはようございます」


 薫……、いや高瀬たかせさんがオフィスへと入って来た。おはようござます、と座ったまま頭を下げる。いつも通り。高瀬さんの元へ野々村が近寄って行くが、「後でね」と軽くあしらっていた。

 係長が出勤し、始業のベルが鳴る。よし、今日も一日頑張るか。

 今日が終われば薫の部屋。明日は休み。早起きもしなくていい。どこか行ってデートっぽい事でもするか?


「平林という者はいるか?」


 誰だよこの声。昨日は元いた会社の社長で、今日はどこの誰だ?


「おい薫ちゃん、平林はどいつだ!」


「お、おじいちゃん! ここ会社!!」


 おじいちゃん、ってことは社長!? 今日は今いる会社の社長が来た!!?

 辞令が向こうから来たらしい。これからこんなドタバタが続きそうな予感がする……。

 でもまぁ、薫と一緒なら楽しく過ごせそうだけども。


「平林ぃ!!」


「おじいちゃん、いい加減にして!!!」


「薫ちゃん、会社では社長と呼びなさい!」


 この会社も、辞める事にならなければいいけど。



ー完ー


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会社の美人な先輩の態度が俺にだけ厳しくなった結果 なつのさんち @natuno3ti

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