ドラマーIN US#13 32年暮らしても

矢野アヤ

32年暮らしても

 シャスタ山を臨むこの町に移り住んで15年になる。

 私たちの住むレディングは、サンフランシスコから車で4時間ほど北に位置する、山と牧草地の広がる人口10万人足らずの小都市だ。

 この辺りはカリフォルニア州の北の端なのだが盆地で、砂漠気候に属する。6月から9月の4ヶ月間の平均気温は30度を超え、40度超えが1、2週間続くことも珍しくない。その上特筆する産業もないため、2000年代に入るまで都市部や外国からの人口流入がなかった。そのため、カリフォルニアには珍しく、白人が人口の88%を占める。ヒスパニック5%・アジア系3%・ネイティブ(インディアン)2%・アフリカンアメリカン(黒人)が1%と続く。

 ここに来てからの数年間、息子達は学校内で唯一のアジア人であり有色人種だった。そんな場所で、日本人の夫がドラムを教え始めて13年になる。コロナが始まってからは、それまで定期的に開催して来たリサイタルに代わり、生徒の演奏をビデオに収め、YouTubeにアップし始めた。その映像が*ノーカル・ブルースソサエティーのディレクターの目に留まり、生徒達の出演依頼を受けることになった。

 (*ノーカルとは、ノース(北)カリフォルニアの略式名称。LAやサンフランシスコ、シリコンバレーのあるリベラルな都市とは違い、北部には保守的な田舎町が多い。カリフォルニア州からの独立運動が常に続いているほど、ノーカル人にはノーカルの誇りがあり、外すわけにはいかない名称となっているらしい。)


 アメリカでは小さな田舎町であっても、週末になるとバーやライブハウスでジャムセッションが催され、老若男女、様々な人が集まる。食事をするグループ、1人音楽に聴きいる人もいれば白髪のご夫妻がステージ前で踊っている。服装も、キラキラでボディーコンシャスなドレスからジーンズとTシャツまで実に様々。ウエストが1メートルあろうがへそ出しルックも健在だし、抱き合いキスし踊るカップル、髪を振り乱し一心不乱に踊る人もいる。それぞれが実に自由で、そこには他人の目など存在しないかのようだ。アメリカ人とはなんと楽しむことに長けている人種なのだろうと、畏敬の念さえ覚える。

 ジャムに参加するミュージシャンも、リハーサルなしに、その場で入れ替わり立ち替わり即興で演り合うために、簡単な審査をパスする必要はあるとはいえ、皆かなりの腕前だ。そして、その場その時限りの刹那で陽気な音を振りまく。

 ジャムセッション初出演の日を迎え、4歳から60歳までの生徒8名が、大御所の胸を借り、歓迎の暖かい拍手の中、演奏することができた。

 

 帰宅後直ぐにその日撮ったビデオに見入る夫。本当に生徒や仕事が好きなんだと見ていると、彼の口からまさかの一言、「嫉妬しちゃうなあ、この年からこんないい先生に教われるなんて」。

 石の上にも3年と言うが、レディングに来て、ここまで来るのに14年。でも夫を理解するのに結婚して32年は、まだまだ足りない。 



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